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共感覚について徹底解説!文字や音に色が見えるとはどういうこと?
皆さんは共感覚ってご存知ですか?共感覚とは文字に色が見えたり味に形を感じたりと、一つの情報に複数の感覚が芽生える事を指します。共感覚には色々なパターンが存在します。今回共感覚の様々な実例や実態に迫っていき、皆さんにもどう言った感覚なのか感じ取って頂きたいです。

目次
共感覚とは
感覚から得る情報が1つじゃない事を「共感覚」と呼びます。この共感覚を生まれ持つ人は極少数だと言われていて、有名どころだとレオナルドダビンチやスティービーワンダーなど芸術や音楽を仕事とする人が多く共感覚者であったと報告されています。
芸術家や音楽家などアーティスティックな仕事の人しかならないものというわけじゃなく、実質的には誰でもこの感覚を持ち合わせる可能性があるようです。感覚的問題であり、学説としても様々な内容のものがあり中でも脳科学者がこの共感覚を研究し続けています。
色と文字の共感覚
一番よく耳にするのは、この色と文字による共感覚です。文字と色の教官悪について解説していきましょう。普通皆さんは文字を見てもその書かれた通りの色で判断されると思いますが、共感覚者は書かれた文字と同時にその文字自体と連携する色の情報が感じられるそうです。
例えるなら、黒い字でアイウエオと書かれていても、人によってはアが赤でイが黄色ウがベージュというようにカラフルなものへと感じられるのです。では、共感覚者には本来の書かれている黒が見えていないのか?というとそういうわけじゃありません。
感覚的問題という点を解説するならば、視覚情報には形と色を別々に判断する能力が備わっています。色彩を認識する能力も共感覚者には備わっていますから、その文字が何色かを判断することは勿論可能です。それは脳のスイッチが文字ではなく色を見るための感覚に切り替わっているためです。
文字や単語を読むというスイッチに切り替えた場合、情報としては文字の形に集中するのでその文字に感じとられる色の要素が同時に浮かび上がるという訳です。実際に色が見えているというよりもその文字のオーラを見ているような感覚でしょう。ただ、感度が強い人の場合ははっきりと色として見えています。
色と音の共感覚
文字だけでなく音にも色と連動する共感覚があるので、そちらの解説をしましょう。音には絶対音感を持つ方がいますよね、その絶対音感所持者の中にも共感覚によって絶対音感を持ち合わせているというケースが存在します。絶対音感を持つすべての人間ではありませんが、音に色を感じることができるのです。
ドの音は茶色ミの音はオレンジ色ソの音は水色というように、音を耳にした瞬間その音に色を感じるのです。先ほど解説した文字により共感覚と異なるのは視覚的感覚じゃなく、聴覚から得た感覚に色のイメージが浮かぶという点です。
音と色の共感覚は音楽がなるとカラフルなイメージが直ぐに浮かぶという人もいれば、共感覚が浅く気になる音だけが色を浮かばせるというタイプなど、人によって色が浮かぶレベルも様々なのです。
共感覚とは割とはっきりしていないものだったりします。勿論その感覚が研ぎ澄まされていれば、より鮮明に色を感じることができるでしょう。音楽家の中にも共感覚者は存在しますが、普通の絶対音感を持つ人より色から生まれるイメージも情報としてられるので同じ曲でも別の曲に感じているかもしれませんね。
味と形の共感覚
味から形を感じる共感覚について解説していきましょう。食べ物によって感じる情報は味と匂いと色だと思います。その中で匂いにも通づるところがあるのですが味に対してい色や形を感じるという共感覚が存在します。
例えば甘いものを食べた時その甘みに対してキューブ体を感じ取ったり、逆にキューブ体を見ると甘い味覚を感じたりするのです。形に匂いを感じる人や音に匂いを感じる人もいれば、色に味を感じる人も前例として存在します。
味と形には端的情報でありながら、生まれ持っての感覚が人それぞれのため、実は共感覚を持っていながらも、実感しておらず気がついていないだけの人もいるようです。
共感覚が特別な存在じゃないというのに一番近づきやすいのが味覚の情報ではないでしょうか。お酒を飲んだりする人はワインの味を形に例えたり雰囲気に例えたりすることがありますよね、その意見や感想が共感覚者だとわかりやすかったり、自分の場合は別の感覚が生まれると気付く方もいるようです。
人がイメージしやすい共感覚
これまで解説してきた共感覚は例の一部にすぎません。一つの情報で複数の感覚を感じ取れればそれは共感覚なのですから、いろんな組み合わせやパターンが存在します。そして難しく考えすぎなければ、今まで解説してきた例以外として皆さんにもイメージしてもらいやすい共感覚の例えが存在します。
信号の色
皆さんは色にどのようなイメージを持たれるでしょうか、赤は情熱や危険、青は静寂やクールといったように何かしらイメージが浮かんでくるかと思います。それは信号の色を覚えさせられるように、日頃から刷り込まれた感覚とも言えるでしょう。
その刷り込まれた情報とは、わざわざ考えてこの色は危険だこの色は安全だと理解するものじゃありません。色を見たとき瞬時にその感覚が浮かび上がってくるはずです。しかし、赤色から得られる情報は人によっても様々でしょう。危険と感じる人もいれば、パッションカラーだと感じる人もいます。
飲食店の看板は赤が多いっぽい?色光の中でも、赤やオレンジ、黄色という色光は、人間の空腹感を刺激し、さらには消化活動助ける働きがあるっぽい?
— 雑学が大好きな夕立bot (@zatsu_yuudati) 2017年5月22日
その色に対する情報は、普段の生活から何気なく彩られた看板やロゴの色であったり、自分の見てきた情報から生まれているのかもしれませんし、ひょっとすると自分自身が生まれ持って勝手に解釈している可能性もあります。こう言った一つの情報で複数に情報が混ざり合う事も、共感覚に似た現象の一つと言えます。
計算につながる共感覚
共感覚とはどう言ったものなのか、脳科学者等が共感覚者とともに研究した際ある情報が浮かび上がりました。これはあくまで共感覚レベルの高い人にある現象なのですが、数字に色が見える共感覚者に足し算の色を見せると、出した答えの色がすぐに浮かぶそうです。
共感覚者の計算の仕方は足し算をしたのでなく、その数字の形と色が一つのパターンとなり新しいレイヤーが重なるような感覚で、色と形が生み出されるのだと言います。
人によって感覚の出方も様々でしょうが、学術によるとこう言った共感覚者はものの見え方が異なるため、情報の読み取り方と解析の仕方が変わり、普通に計算をするよりも正確に更にハイスピードで答えを出すことができるます。
共感覚であっても人によって異なる
数字や言葉、形や匂いなど様々な共感覚のパターンは、人によって異なるとお話ししましたが、共感覚の現れ方や同じパターンでも異なった情報が生まれることが殆どのようです。ある人にとっては1が赤でも別の人にとっては1が黄色だったります。
共感覚じゃなくても人によって情報が異なる
皆さんが見ている色の解釈もこういった、色の感覚とはどう捉えられているのか考えると意味深いものがありますよね。例えば、あなたが今知っている赤い色と筆者が知っている赤、どちらも同じものに変わりはありませんが本当に同じように見えているのでしょうか?
少し哲学的なお話になりますが、読者様の見える色の感覚と筆者の見る色の感覚を照らし合わせることは難しいでしょう、つまりは同じものと断定できない訳です。
自分は本当に他人と同じ世界を見ているのか
— モブキャラ (@darenome1) 2017年3月24日
例えばこの薔薇
皆が赤と青の薔薇と答えるだろうが自分が捉える赤は他人が見る青の色彩なのではないか。自分が見る青は他人には自分の見る他の色に映ってるのではないか
同じ色を答えても見える景色は全く違うものなのかもしれない pic.twitter.com/U2IIQdPtOc
共感覚の人からしても赤は赤ですし、1は1ですから情報としてはみんな同じです、しかし共感覚者の人たちが同じ数字を見ていながらにして、異なる色を感じるのと同様に私たちが同じ情報で別の感覚を得ている可能性というのは高いと考えられます。
共感覚は脳内の混線によって起きる
感覚というものは、ストレス(刺激)によって脳が反応し生み出されます。それがその人にとっての情報へと変化していくのです。共感覚というものは、一つの情報で複数の情報を得るとお話ししましたが、ストレスを感じた瞬間一般的な感覚と同時にまた別の感覚が混線している訳です。
ストレスに対する反応は、瞬時に生まれるものであって意図的に生み出される感覚とは異なります。その時感じたがままの情報が複数あるということです。
共感覚は大人になると薄れていく
今回話してきた中で「共感覚レベル」というワードを出したのですが、レベルが高いだけ共感覚の無意識具合かつ情報の鮮明さが強いという意味だと解釈ください。この感覚は意図的でないと話しましたが、感覚というものは感じないようにする方法が存在します。
子供の頃感じていた感覚と大人になってからの感覚が異なるように、成長か劣化の何方かへと感覚も変化するものです。感覚は子供の頃に比べて大人になると劣化しやすく、要らない情報を忘れようとしたり鈍感にさせる能力が一般的には村割っているとされています。
素直にその感覚を受け止めるか否かで、大人になってからの共感覚のレベルが変動する可能性も十分にあるわけです。実際に、子供の頃は数字に色が見えていたのに大人になって見えなくなったという方も存在します。
逆に感覚を失わないよう、鍛えることも可能なのだそうです。一説として、共感覚は誰しもが持ち合わせていた能力であり、共感覚でない人々も第二の感覚を呼び起こすことは、不可能な話じゃないとされているようなのです。
まとめ:共感覚は他人事じゃない
共感覚はやはりごく少数がなりうる特殊な能力だと感じる方もいらっしゃるでしょうが、今回のお話ではできる限り共感覚が自分にも備わっているかもしれないと感じてみてほしいです。実際に、皆さんにも共感覚が備わっている可能性があります。
日頃得ていた情報の見方や感じ方を、体をリラックスさせて五感で得た情報に対し、音には色を味には形をと好きな別感覚で置き換えてみてください。初めは素直に出てこないでしょうが、その感じようとするトレーニング自体が人の脳へ良い影響を与えてくれます。
LSDは脳を「子どものころの状態」にする:研究結果 https://t.co/rk8zCJKYDN
— 芳我英典 (@Eeeeechan1) 2016年10月12日
子供のころは、みんな共感覚なんだよね。 その感覚を呼び覚ますのが、人工共感覚トレーニングだよね。五感を統合させて感じる。音を色 形 触覚 味で感じる。そしてそれを言語にする
共感覚というものをもっと身近に感じ、日頃気にも留めなかった音楽や味等の感覚に、意識を傾けてみてはいかがでしょうか。
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