ジャニーズ光GENJIの現在は?解散理由や再結成の噂を調査!

80年代一世風靡したジャニーズの光GENJI。ローラースケートを履いてステージ上を所狭しと動く姿が今でも懐かしいと思う方もいることでしょう!そんなジャニーズのレジェンド・光GENJIがなぜ解散したのか?そして光GENJIメンバーの現在は?

ジャニーズ光GENJIの現在は?解散理由や再結成の噂を調査!

目次

  1. 80年代のジャニーズアイドル・光GENJIとは?そのプロフィールは?
  2. ジャニーズの稼ぎ頭!光GENJIの当時の爆発的人気を裏付けるエピソード!
  3. 尋常でない人気だった光GENJIなぜ解散に追い込まれた!?その理由は?
  4. 1995年の解散から20年。光GENJIの元メンバーの今現在はどうしてる!?
  5. ジャニーズレジェンド・光GENJI。まさかの再結成はあるのか!?

80年代のジャニーズアイドル・光GENJIとは?そのプロフィールは?

活動期間:1987年3月〜1995年9月3日
メンバー:【光】内海光司、大沢樹生【GENJI】諸星和己、佐藤寛之、山本淳一、赤坂晃、佐藤敦啓
1980年代終盤から1990年代前半に活動していたローラースケートを履いて歌い踊る男性アイドルグループ。ジャニーズ事務所所属。

1987年6月25日に、「GENJI」と「光」の2つのグループを合流させる形で結成されました。同年8月19日にデビューし、1980年代末期を代表する男性7人組がのちのジャニーズレジェンド・光GENJIです。1995年9月3日に解散。テレビ等では伝説のアイドル、最後のスーパーアイドルなどと称される光GENJI。グループ名は『源氏物語』の主人公・光源氏に由来しています。

1987年2月、当時のジャニーズJr.(後の光GENJIのメンバーや、SMAPの中居正広など)が週3回のローラースケートの練習をしたのち、同年3月に、そのジャニーズJr.の中から選抜された諸星和己、佐藤寛之、佐藤敦啓、田代秀高の4名で「GENJI」を結成。当初は、敦啓の為にグループを結成したといわれます。余談ですが中居正広もスケートの練習していたんですね。

のち、内海光司、大沢樹生の2人による「光」の2つのグループが合体して、「光GENJI」が結成されました。1987年6月25日に、後楽園ローラースケートリンクにてデビュー会見&公開レッスンを行い、同年年8月19日にポニーキャニオンから「STAR LIGHT」でレコードデビューしました。その時のキャッチコピーは、“超新星からのメッセージ”でした!ジャニーズ事務所の意気込みが感じられます。

「光」と「GENJI」という異なった、ある意味別の派閥が一緒のグループになって活動するなんてかなりスゴイことですよね!結束が固かったのでしょう。この7人の結束が「光GENJI」の快進撃をもたらすのです。

ジャニーズの稼ぎ頭!光GENJIの当時の爆発的人気を裏付けるエピソード!

光GENJIはデビューしてすぐに80年代のアイドルブームの波に乗り、またキュートなルックスの7人であったため、人気は爆発的なものでした。特に大ヒット曲「パラダイス銀河」の頃はその人気の絶頂で、歌番組に出演した際はファンの大歓声により、司会キャスターの声が掻き消されるほどまでになっていたそうです!歓声は日本テレビ『歌のトップテン』ではなんと100ホンを記録。これは電車が走行中のガード下の騒音と匹敵するそうです!

デビュー翌年(1988年)にオリコンシングル1~3位を独占。同年、レコード大賞新人賞を飛ばしていきなり大賞を受賞!当時の光GENJIの驚異的な人気ぶりが分かりますね!しかも一気にです。また、デビュー当時、年少メンバーがテレビの夜間生番組に出演できなかったため、出演できるよう国から通達「芸能タレント通達(光GENJI通達とも呼ばれています)」が出されたということです。ジャニーズ事務所もてんてこ舞いだってでしょうね!

光GENJI全盛期、違法な海賊商品が出回ったので、公式グッズを販売するためにジャニーズショップがオープンしました。コンサートグッズに公式に「うちわ」「ペンライト」が登場したのも光GENJIからということです。今現在ジャニーズタレントのライブで見かけるグッズ販売のきっかけは光GENJIにあったんですね。さすがジャニーズレジェンド!

同じジャニーズ事務所の後輩だったSMAPの中居正広が、当時の光GENJIが日本全体を巻き込むくらいの爆発的人気だったことについて短い内容で語っています。

「やっぱり光GENJIが断トツだったんだって。あとにも先にもあの現象は尋常じゃなかったって。マッチさんの凄さとはまた違うみたい。SMAPもスゴいと言ってくれるんだけど、たのきんもすごかったけれど、やっぱり光GENJIがすごかったって」

尋常でない人気だった光GENJIなぜ解散に追い込まれた!?その理由は?

中居正広の言葉を借りると「尋常ではない」、SMAPも超える、きっと嵐をも超えるくらいの超絶な人気だった光GENJI。なんせ女性ファンのみならず、ジャニーズや光GENJIのファンではない男性なども皆、光GENJIのヒット曲を歌えました。それほどの国民的人気を博していたのに、その後光GENJIは解散をしてしまいます。なぜ!?その理由は?

1988年「パラダイス銀河」で第30回日本レコード大賞を受賞し、1980年代末の爆発的大ブームを巻き起こしましたが、1989年下半期〜1990年にかけてテレビにおけるアイドル向け番組や音楽番組が減少し、光GENJIのテレビへの露出が減っていきます。また、第二次バンドブームが到来した1990年頃からアイドルブーム・光GENJIブームは沈静化していきます。

光GENJIとしてのメディアへの露出が少なくなっていくのに比例して、徐々にメンバー個々の活動が増え始めたのと、メンバーそれぞれの方向性の違いも見え始め、光GENJIとしてのモチベーションを維持するのが難しくなってきたようです。これが解散の一番の理由のようです。

それは、大阪城ホールでのコンサート「SUMMER CONCERT’94 FOREVER YOURS」が終わった後の事。揃って食事をしていたが、すでに「もうダメだなあ」と諸星が語るほど、解散が避けられない雰囲気になってしまっていたという。

そうして、諸星和己が解散を決意します。まずは大沢樹生・佐藤寛之が脱退し、その後の後継グループである「光GENJI SUPER 5」も解散することになり、1995年9月3日、名古屋市総合体育館・レインボーホール(現・日本ガイシホール)でのライブを最後に、光GENJIは解散します。 また、解散の理由のひとつに、諸星和己とジャニーズ事務所との間に、マネージメントにおける確執があったとも言われています。

光GENJIの人気と売り上げのピークはデビュー直後からの3年程度でしたが、ジャニーズ事務所後輩のSMAPやTOKIO、V6、KinKi Kids等が着実に成長して人気を得て台頭するまでの期間、1989年 - 1990年代前半のアイドル冬の時代において当時のジャニーズ事務所の稼ぎ頭となり、なんとデビューから解散までの8年間で、総額1000億円を稼いだと言われているのです!

1995年の解散から20年。光GENJIの元メンバーの今現在はどうしてる!?

諸星和己

まずは中心人物だった諸星和己。1995年、光GENJI解散に伴い、ジャニーズ事務所から独立し、個人事務所とファンクラブを立ち上げます。 彼は今もテレビのバラエティー番組などに出演し、歯に衣きせぬ言動で場をわかせるなど、多様に活躍していますね。一時期渡米し、帰国後はブロードウェイミュージカルの日本版『EVIL DEAD THE MUSICAL~死霊のはらわた~』、『キャバレー』などミュージカル俳優としても頭角を現し、表現者としての幅は広がりをみせています。

大沢樹生

大沢樹生は光GENJIを脱退後、ジャニーズ事務所を円満退社し個人事務所とファンクラブを立ち上げます。俳優業の他に、ソロ歌手としてもシングルやアルバムを数枚リリースしました。 彼の場合は喜多嶋舞との間にできた息子の件でかなり話題になりました。喜多嶋舞との離婚後も大沢が育てていた息子が、DNA検査の結果、「父性確率0%」という結果が出ました。つまり息子は、大沢の実の息子ではなく、別に父親がいるということだったのです。苦悩の表情の大沢樹生の姿が痛ましかったですね。

佐藤アツヒロ

光GENJI解散後、芸名を「佐藤敦啓」から「アツヒロサトウ→佐藤アツヒロ」と改名して、ソロ歌手としてデビューしました。現在でもジャニーズ事務所所属のタレントとして活躍中。2000年に舞台に出演したのをきっかけに、本格的に舞台俳優の道を歩き出しています。光GENJIメンバーとも交流があるようで、赤坂晃に「諸星が会いたいと言っている」とメールしたこともあるようですね。

内海光司

光GENJI脱退後は、ジャニーズ事務所所属タレントとして、また俳優としてテレビドラマに出演し、以降、舞台を中心に活躍の場を広げています。2015年にはいっこく堂主演のミュージカルに出演しています。

佐藤寛之

1994年8月、大沢樹生の脱退意思を知り「光GENJIは7人でなければ意味がない」と思い自らも脱退を決意したそうです。大沢への相談等は一切なく独断でしたが、彼と共に光GENJIを脱退しました、そしてジャニーズ事務所を退社。その後はソロでCDデビューし、ライブ活動やイベントを中心に活動しています。 自身が望んだ音楽活動もできているので、元メンバーでの中でいちばん充実しているかも。ちなみに今も独身だそうです!

山本淳一

解散後はジャニーズ事務所に残り、ソロ活動やユニットでの活動をしていましたが、2002年に退社します。その後2012年に歌手活動を再開しますが、2013年以降は活動を停止しています。2014年に、道後温泉で働いている姿がテレビでオンエアーされるものの、そのとき一緒だった妻から「週刊文春」で借金やヒモ同然の生活を暴露されてしまいます…。現在は、その続報が待たれている状態ですが、ちょっと残念な近況ですね。

赤坂晃

2001年11月、13年間交際していた高校時代の先輩(一般女性)と結婚し、2人の間には長男が誕生しています。大地真央とのミュージカル共演やNHK朝ドラなどに出演し活躍していましたが、不倫疑惑などがあり離婚。その後2007年の10月に覚せい剤所持の現行犯で逮捕されてしまいます。ジャニーズ事務所は解雇。

ジャニーズレジェンド・光GENJI。まさかの再結成はあるのか!?

かつて輝いていた光GENJIの元メンバーたち。今現在それぞれの活動、人生を歩んでいますが、光GENJI再結成などはあるのでしょうか。

諸星和己がフジテレビ系バラエティ「ゲスゲスHEAVEN」に出演した際に、光GENJI解散後の人生も振り返り、「一人って、こんなに辛いんだ」「昔のメンバーだったらもう一回やってみたいな」と心情を吐露し、光GENJI再結成に意欲をにじませながらトークを締めくくっています。

現在、内海、佐藤アツヒロはジャニーズ事務所に残っており、大沢はドラマ出演、諸星は舞台を中心に活躍するなど、それぞれの道を歩んでいますが、芸能界から遠ざかっているメンバー、そして赤坂は2007年に覚せい剤所持で逮捕、収監されるなど、光GENJI再結成への道のりは険しいと思われます。

また、ジャニーズ内には派閥があり、A派閥に属しているタレントはB派閥に属しているタレントと共演できないというルールがあり、内海と佐藤の派閥によっても共演が難しくなりますし、そして、大沢もたびたび再結成に言及する諸星に対し、「彼がマスコミを通して根拠無く再結成の話題にふれるのは、非常に困るというか…」と語るなど、逆に諸星のコメントに困惑しているフシがあります。

この諸星和己のラブコールが他のメンバーの心を動かし、光GENJI再結成!という夢が実現に向かうのか。今後もジャニーズレジェンド・光GENJIメンバーの動きに目が離せませんね!

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