馬術日本代表・武田麗子とその父・武田國男や杉谷泰造との関係は?

武田麗子と言えばリオ乗馬日本代表ですが、もう一つの顔の方が有名ではないでしょうか?何を隠そう武田麗子は武田薬品元会長「武田國男」の愛娘です。今回は武田麗子を中心に、武田國男や杉谷泰造をご紹介します。武田麗子を越える杉谷泰造の凄さにも迫ります!

馬術日本代表・武田麗子とその父・武田國男や杉谷泰造との関係は?

目次

  1. 才色兼備!武田麗子が話題に!
  2. 父は武田薬品元会長?武田麗子プロフィール
  3. 武田麗子の父「武田國男」について
  4. 武田麗子と杉谷泰造の関係は?
  5. 武田麗子の馬術画像まとめ
  6. 馬術日本代表・武田麗子についてまとめ

才色兼備!武田麗子が話題に!

才色兼備の武田麗子画像①

リオオリンピックでは世界各国から美男美女が集う事でも注目が集まりますが、その中でも一際アジア人で人目を引くのが馬術競技に出場する武田麗子です。美しい顔立ちかつ能力もトップクラスという事で武田麗子はジワジワと注目を集めていっているようです。

才色兼備の武田麗子画像②

武田麗子は勉学の方も高いレベルのようで、才色兼備だと言われています。更には武田麗子の父親が武田薬品の元会長の武田國男というからもう大変な事ですね。地位・名誉・美貌・金の全てを持っている人物がリオオリンピックに参戦するわけです。出場選手を見渡してもこれほどハイスペックな人材はいないのではないでしょうか。

父は武田薬品元会長?武田麗子プロフィール

武田麗子

生年月日 :1984年12月14日 出身   :兵庫県 出身校  :甲南女子高→甲南大学 身長   :151cm 体重   :49kg 家族構成 :父・母・兄・姉 所属クラブ:杉谷乗馬クラブ

武田麗子は中学1年生の頃に乗馬を始め、高校から本格的に馬術に移行した人物です。出身校は甲南女子校→甲南大学と関西の名門をエスカレーター式に進学しています。偏差値も高く、高いレベルの教育を受けていた事がわかります。

甲南大学を卒業後は単身ベルギーに渡り、現在はドイツを拠点に活動をしているそうです。前回のロンドンオリンピックに代表として出場しましたが、予選落ちをしてしまうという結果に。武田麗子はその悔しさをバネに今回2大会連続の出場を果たし結果を出す為に燃えているそうです。

武田麗子の父「武田國男」について

関西方面の方には有名な話しのようですが、武田麗子の父親は武田薬品の元会長の武田國男です。娘の武田麗子を育てた武田國男についてご紹介したいと思います。

武田國男プロフィール

武田國男

生年月日:1940年1月15日 [主な肩書] 武田薬品工業元代表取締役会長CEO 日本経済団体連合会副会長 関西経済連合会副会長

娘の同じ甲南大学を卒業した武田國男ですが、娘のように最初からエリートという事ではなかったようです。

武田國男略歴

武田國男ですが、大学入学まで一度も入学試験を受けた事がなかったそうで、授業にまったくついていけなかったそうです。授業についていけない武田國男は来る日も来る日もパチンコ三昧の日々を過ごし自堕落な生活を送っていたようです。その後、またもコネで武田薬品工業に入社し、この頃は有能とは思われておらず、どちらかと言うと創業者の息子だから当たらず触らずという扱いをされていたと語っています。

創業者の年齢もあり、次期社長を長男が継ぐという頃にその長男が急逝。その結果、急遽武田國男に社長の役が回ってきたのでした。当時の社内のイメージは働かない厄介な三男坊という感じだったらしいですが、就任後は一変し、そのリーダーシップから一兆円企業まで成長させます。その読みの良さは娘の武田麗子にも引き継がれているのかもしれません。

武田國男の思考が武田麗子を育てた?

武田國男は自身を冷静に客観視できる人物のようです。武田國男名言集というものがあるのですが、その中の一つにユニークなものがあったのでご紹介します。

武田國男の思想

会社が伸びていくためには、自分よりも絶対に能力が高い人に後任を託さなければなりません。私の場合、誰がやっても能力は私より上だから、その点は気が楽でした。

武田國男は自分の立場におごることなく、冷静に判断していた事がわかる言葉ですね。このような客観視して冷静に物事に対処する部分が娘の武田麗子にも引き継がれたのでしょう。

武田麗子と杉谷泰造の関係は?

武田麗子を検索すると決まってついてくるのが「杉谷泰造」。一体武田麗子と杉谷泰造はどのような関係があるのでしょうか?

杉谷泰造とは?

杉谷泰造

父も元オリンピック選手の杉谷昌保。幼少より父のもとで英才教育を受けた杉谷泰造は17歳にて活動の拠点をオランダに移し、外国にて腕を磨きました。

その結果、大きな大会でも安定した実力を発揮し、2004年アテネオリンピックでは日本人選手として戦後最高の16位。戦後初のファイナリストとなる快挙をあげました。

杉谷泰造の成績は凄い

1994年 ハーグ世界選手権(乗馬:カントリーマン) 個人66位、団体18位 1996年 アトランタオリンピック(乗馬:カントリーマン) 個人64位、団体15位 1998年 ローマ世界選手権(乗馬:マニアジョリー) 個人39位、団体14位 2000年 シドニーオリンピック(乗馬:マニアジョリー) 個人25位、団体11位 2002年 ヘレス世界選手権(乗馬:ラマルーシ) 個人21位 2004年 アテネオリンピック(乗馬:ラマルーシ) 個人16位、団体12位

2006年 アーヘン世界選手権(乗馬:オベリックス) 個人55位、団体18位 2007年 ラスベガスワールドカップ(乗馬:Caitano) 個人34位 2008年 北京オリンピック(乗馬:カリフォルニア) 個人29位(決勝ラウンドA) 2010年 ケンタッキー世界選手権(乗馬:アヴェンツィオ) 個人10位 2012年 ロンドンオリンピック(乗馬:アヴェンツィオ) 個人33位 2016年 リオデジャネイロオリンピック(乗馬:アヴェンツィオ) 出場予定

武田麗子と杉谷泰造がよく検索される理由

武田麗子も杉谷泰造も同じ大会で入賞や優勝を果たしているようで、よくセットで取材されるのが要因のようでした。もしや武田麗子の彼氏なのか?と思われるかもしれませんが、違かったようです。

武田麗子の馬術画像まとめ

武田麗子の乗馬画像①

武田麗子の乗馬画像②

武田麗子の乗馬画像③

武田麗子の乗馬画像④

武田麗子の乗馬画像⑤

馬術日本代表・武田麗子についてまとめ

父は武田薬品の元会長の武田國男であり、非常に恵まれた環境で腕を磨いてきた事がわかりました。

杉谷泰造との関係も気になって検索されているようですが、こちらは大会の入賞が重なったりした事が要因のようで恋愛関係などではないようでした。前回ロンドンオリンピックでは予選落ちをした事をバネに再起を誓ったリオオリンピック。武田麗子の結果に期待しましょう!

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2020-10-22 時点

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