羽生善治は生きる伝説?そのすごさを成績やエピソードで検証!

プロ棋士・羽生善治は生きる伝説そのものだ。そのすごさは筆舌に尽くしがたく、数々のタイトルホルダーである羽生善治のすごさをうたったエピソードは将棋だけにとどまらない。最強騎士・羽生善治の成績や伝説、そのすごさについてまとめた。

羽生善治は生きる伝説?そのすごさを成績やエピソードで検証!

目次

  1. 最強棋士・羽生善治の伝説・将棋との出会い
  2. 羽生善治の伝説・そのすごさと成績
  3. 羽生善治の伝説・面白エピソード
  4. 羽生善治の伝説・将棋以外の分野でも
  5. 生きる伝説・羽生善治についてのまとめ

最強棋士・羽生善治の伝説・将棋との出会い

羽生善治(はぶ・よしはる)

生年月日:1970年9月27日
プロ入り:1985年12月18日(15歳)
出身地:埼玉県所沢市
棋士番号:175
師匠:二上達也九段

伝説の棋士・羽生善治と将棋の出会い

羽生善治さんが将棋を始めたきっかけは、小学校一年生のときに友人に将棋駒の動かし方を教わったことだという。そこから羽生善治さんはすっかり将棋にハマってしまい、母親の勧めで1978年8月2日に「八王子将棋クラブ」で開催された第1回夏休み小中学生将棋大会に出場したそうだ。羽生善治さんの大会での成績は1勝2敗の予選敗退。現在は伝説の最強棋士として名高い羽生善治さんであるが、最初は他の子供たちとなんら変わらなかったようである。

大会の三ヵ月後、母に連れられて羽生善治さんは八王子将棋クラブの門を叩く。道場にいた4級の小学生と6枚落ちで指し、まだまだ初心者の羽生善治さんは善戦したそうだ。当時の八王子将棋クラブでは入門すると7級から始まるそうだが、クラブで指導をしていた八木下征男席主は羽生善治さんを14級からのスタートとさせた。昇級する喜びを羽生善治さんの励みにしたかったのだという。

羽生善治さんがクラブに顔を出せたのは毎週土曜日に一時間ちょっとという短い時間ではあったが、しかしながら着実に実力を身に着けていったそうだ。この頃から伝説の最強棋士・羽生善治としての片鱗を見せていたようである。そして道場入門から三ヵ月後には、羽生善治さんはとうとう6級に到達したという。

伝説の棋士・羽生善治の成長

そしてクラブの門を叩いてからおよそ一年後に日本橋東急デパートで行われた「よい子日本一決定戦・小学生低学年の部」で準優勝。このときに羽生善治を打ち破り優勝者となった先崎学さんも後にプロ棋士となり九段まで上り詰めている。羽生善治さんとは同級生だそうだ。勝っても負けても淡々としていたという羽生善治さん。始めてから一年一ヶ月でなんと初段に昇段したそうだ。

後に羽生善治さん本人も「親の期待がなかったから強くなれた」と語っていることからも、周囲の影響を受けないずいぶんとマイペースな子供であったらしい。

羽生善治の伝説的エピソード

羽生善治さんの指導をした八王子将棋クラブ席主・八木下征男さんは羽生善治さんのことを「テレビ将棋の棋譜をしっかりと頭に入れていて、毎週土曜日に私に解説してくれることに感心した」と語っている。解説をする羽生善治さんが恐ろしく早口なので八木下征男さんは理解が追いつかず、適当に相槌を打ってごまかしていたこともあったそうだ。

伝説の棋士・羽生善治さんはこの頃から頭の回転が滅法速く、周囲の理解が追いつかない速度で生きていたようだ。羽生善治さんの伝説性を語る面白エピソードである。

羽生善治の伝説・そのすごさと成績

小学校五年生のとき、奨励会への入会を志した羽生善治さんは道場の師範代・中嶋克安指導棋士に相談を持ちかけると「小学生将棋名人戦で優勝をすること」という条件を出される。前回はベスト8止まりであっただけに当時の羽生善治さんには厳しい条件だった。しかしほとんど年上ばかりの大会で羽生善治さんは見事に優勝。同年、奨励会入会試験に合格し、驚異的な速度で勝ち星を重ねていく。その成績が認められ四段に昇段してプロに昇格、史上3人目の中学生棋士となった。

羽生善治に並ぶ将棋界の伝説・加藤一二三

将棋界の伝説・加藤一二三(かとう・ひふみ)

加藤一二三さんほど伝説という言葉が似合う御仁もいないだろう。まさに伝説に次ぐ伝説といった体ですらある。現役最年長、棋界最古参棋士であり、戦前生まれの名人経験者最後の存命者。そのどれもが伝説的というより他ない。史上初の中学生棋士であり、半世紀以上も将棋界のトップチームでいまなお戦い続けている。

気に入った戦法があれば対策されようとも使い続けるなど一本気のある面も人気があり、その人気もまさに伝説九。ちなみに通算敗戦数は歴代1位(更新中)という伝説もある。またネット放送などにも積極的に顔を出し、将棋に詳しくない若者からも人気がある珍しい人物だ。

羽生善治に並ぶ将棋界の伝説・谷川浩司

将棋界の伝説・谷川浩司(たにがわ・こうじ)

史上2人目の中学生棋士となった伝説の棋士。タイトル通算獲得数は歴代4位、永世名人の資格保持者。史上最年少名人という伝説的な偉業も成し遂げている。その伝説は成績やタイトルのみならず将棋界へ多大な貢献をし、日本将棋連盟棋士会会長、日本将棋連盟専務理事を務めた後は日本将棋連盟会長に就任しているというように、まさに将棋界を牽引してきた人物のひとりだ。四段時代の羽生善治さんに平手で勝ったこともあるという。

プロ棋士・羽生善治の伝説

プロになってからの羽生善治さんが築いた伝説と残した戦績は目覚しいものがある。デビューから年明けの年度には全棋士中勝率一位、将棋大賞の新人賞と勝率一位賞を受賞。翌年には史上二番目の若さで天王戦で優勝。さらにNHK杯戦で現役名人経験者4人をすべて破り、その年の対局数、勝利数、勝率、連勝の記録4部門を独占という伝説的な偉業を成し遂げた。

羽生善治の伝説・七冠独占

羽生善治さんの伝説はそれで終わらない。将棋界ではタイトルをひとつ取るだけでも偉業とされるが、しかし将棋界の伝説・羽生善治さんはひとつにとどまらなかった。全部で七つあるタイトルの七つすべてを独占するという史上初の大業を成し遂げたのだ。これは最強と呼ぶにふさわしい伝説的な所業である。過去20年間にあったタイトルのおよそ半数を羽生善治さんが獲得していると書けばその成績のすごさは一目瞭然だ。

羽生善治の伝説・七冠からの陥落

しかし他の棋士たちも負けてはおらず、羽生善治さんは三つ目の防衛戦で敗退、伝説の七冠独占は167日でその幕を下ろす。ところがこの敗戦を後に羽生善治さんは「ほっとした」と語っている。伝説になったといえど、羽生善治さんは子供時代から変わらぬマイペースであるようだ。

もはや棋界の伝説である羽生善治さんはいまもなお勝ち星を重ね、その戦績もまた伝説に相応しいものとなっている。通算優勝回数記録や棋聖戦連覇記録を伸ばし続け、最強の座に陰りは見えない。

羽生善治の伝説・面白エピソード

成績に伝説を残すのみならず、羽生善治さんは常軌を逸した思考やエピソードでも伝説を残している。やはり頭脳戦で最強の座に辿りつくためには、常人とは異なる思考回路を持っていなければならないということだろうか。

羽生善治伝説・勝ち筋で手が震える

羽生善治伝説・羽生マジックの使い手

羽生善治伝説・若手にも容赦がない

将棋の対局は体力・精神力ともに消耗が激しいらしく、羽生善治さんと対局した若手の広瀬章人さんはもはや目も当てられないほど憔悴しきっている。若手相手にも一切容赦ないという羽生善治伝説のひとつだ。

羽生善治の伝説・将棋以外の分野でも

将棋界で数々の伝説を打ち立てている羽生善治さんだが、実はチェスの世界でも伝説を残している。22歳でチェスを学んだ羽生善治さんは、なんと全日本百傑戦で単独優勝という成績を記録。さらには海外の戦いに出場するために英語を学ぶなど精力的な活動も見られるなど、羽生善治さんの天才性を示すエピソードとなっている。

生きる伝説・羽生善治についてのまとめ

生きる伝説・羽生善治さんについてのまとめはいかがだっただろうか。信じられないような頭脳戦の繰り広げられている将棋界でもさらに異彩を放っている羽生善治さん。

これからもその圧倒的な実力を見せ付けてほしいと思う反面、羽生善治さんを打ち負かす若手の台頭にも期待せずにいられない。どちらを望む将棋ファンであっても、羽生善治さんがこれからも目の離せない棋士であることは間違いないだろう。

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