坂本龍馬の名言集!有名な「日本の夜明けぜよ」だけじゃない?

「日本の夜明けぜよ」「日本を今一度洗濯致し申候」など、誰もが知る名言を遺した幕末を語るには外せない坂本龍馬。現在では、映画や漫画、小説などの主役や登場人物になるほど坂本龍馬は有名です。今回はそんな坂本龍馬の人物像と、有名な名言についてまとめました。

坂本龍馬の名言集!有名な「日本の夜明けぜよ」だけじゃない?

目次

  1. 「日本の夜明けぜよ」の名言で有名な坂本龍馬について
  2. 坂本龍馬が使う「・・・ぜよ」とは何弁?
  3. 坂本龍馬が「洗濯」の名言を生んでいた?
  4. 坂本龍馬の有名な名言集をご紹介
  5. 坂本龍馬の有名な名言集をまとめてみた!
  6. 【まとめ】坂本龍馬の名言集について

「日本の夜明けぜよ」の名言で有名な坂本龍馬について

坂本龍馬

生年月日:1836年1月3日(新暦)・天保6年11月15日(旧暦)
出身地:土佐藩高知
諱(忌み名):直陰(なおかげ)→直柔(なおなり)
変名:才谷梅太郎

坂本龍馬は、土佐藩の下級武士の家系に5人兄弟の末っ子として生まれました。家族構成は、父・八平、母・幸、兄の権平、三人の姉、千鶴・栄・乙女がいました。今でこそ坂本龍馬は日本が誇る英雄の一人として有名ですが、そんな坂本龍馬を支えたのは坂本乙女。母の幸が亡くなってから、彼女は坂本龍馬の母代わりとなり、坂本龍馬に書道・和歌・剣術などを教え込みました。

坂本龍馬は「大政奉還」の偉業を成し遂げた人物として知られています。当時の江戸幕府は外国から要求される理不尽な条件を跳ね除けるほどの力がなく、結果、各藩をまとめる余力も日に日に衰えていき、「このままでは日本は江戸幕府と共倒れになってしまう」と考える者が現れ始めました。

坂本龍馬もその一人で、日本を今よりも強くするためには幕府を打ち倒し、天皇の下に統一された国家が必要だと考え、打倒幕府の信念を掲げ奔走し、ついには大政奉還を成し遂げました。その最中に「日本の夜明けぜよ」「日本を今一度洗濯致し申候」といった、坂本龍馬を代表する有名な名言が生まれたとされています。

坂本龍馬が使う「・・・ぜよ」とは何弁?

坂本龍馬の有名な名言の一つ「日本の夜明けぜよ」。この「~ぜよ」という言葉は一体何弁なのでしょうか?確かに坂本龍馬が登場する漫画やドラマでは、坂本龍馬(役)は「~ぜよ!」と頻繁に言っているイメージが強いです。坂本龍馬は土佐藩出身の志士ですから、この「~ぜよ」は土佐弁である可能性は非常に高いです。しかしこの「~ぜよ」を話す人は年配の方に多く、現在ではあまり使われない言葉になっているようです。

ですが坂本龍馬の生まれ故郷である高知県では、中部・東部で使われている「土佐弁」の他に、西部で使用されている「幡多弁」も存在しています。こちらの方では現在も「~ぜよ」は使われていて、ドラマのように力強い感じではなく、「それは●●ぜよ」とやんわりとした調子で用いられます。

ちなみに「~ぜよ」は、「~だよ」「~ですよ」といった意味を持ち、文章の末尾に使われるのが一般的です。また、もともとこの「~ぜよ」は、安永の頃であった1772年~81年の間に江戸で作られた言葉で、寛政(1789年~1801年)頃には完全に江戸中に浸透していて、それが巡り巡って土佐に流れてきたという説もあります。

坂本龍馬が「洗濯」の名言を生んでいた?

坂本龍馬といえばもう一つ「日本を今一度洗濯致し申候」という有名な名言があります。この名言は正確には「日本を今一度(いまひとたび)せんたくいたし申候」と言いますが、坂本龍馬が変名である才谷梅太郎名義で姉の乙女に当てた手紙から生まれたとされています。

姦吏と一事に軍いたし打殺、日本を今一度せんたくいたし申候事にいたすべくとの神願にて候。

坂本龍馬(才谷梅太郎)のこの手紙には確かに「せんたくいたし申候」という言葉が入っていますね。

坂本龍馬の手紙のこの一説を現代文に訳せば「日本を諸外国に売り渡そうとする悪辣下劣な役人を打倒し、日本を今一度せんたくしたいと思っています。」という意味になります。この「せんたく」の前後から推し測るに、せんたく→日本の禊のために役人を打ち負かす→洗濯という風に考えられ、現在の坂本龍馬の名言に至ったのではないでしょうか?

坂本龍馬の有名な名言集をご紹介

坂本龍馬の「日本の夜明けぜよ」「日本を今一度洗濯致し申候」はあまりにも有名で、この二つの名言が坂本龍馬を代表すると言っても過言ではありません。しかしこの他にも声に出して読み上げたい、心に刻み込みたい坂本龍馬の名言はまだまだあります。

以下からは個人的に感銘を受けた、坂本龍馬の名言を紹介していきます。

坂本龍馬の有名な名言集をまとめてみた!

今この時から使える坂本龍馬の数々の名言。人生の灯にどうですか?

そのことは我が胸に成算がある。 やろうと思えば、 世に出来ぬことはない。

裕福な家柄を捨て、脱藩し、日本を立て直すために奔走した坂本龍馬。彼の胸の中にあったのはとにかく「日本を強い国にする」というぶれることのない一心だったのでしょう。新しいことに挑戦するのに臆病になり、言い訳を考えるよりも「やろう」という気持ちが何よりも大切だと教えてくれる名言です。

逃げ路があるかないか ということは天が考えることだ。 おれたちは、とにかく 逃げることだけに専念すればいい。

第二の寺田屋事件で、坂本龍馬と行動を共にしていた三吉慎蔵が、数百の幕府の取り方から逃げおおせられる訳がないと絶望して切腹をしようとした際に放たれた名言。この言葉に励まされた三吉慎蔵は、救援を求めるために伏見薩摩藩邸に駆け込み、見事に坂本龍馬の窮地を救いました。陥ってしまった望まない状況から逃げることが出来るのならば、とことん逃げることに専念することで見えてくる希望があるということが伝わってきます。

人の世に、 道は一つということはない。 道は百も千も万もある。

大いなる目的のために自分の道を邁進し続けた坂本龍馬。しかしその道のりは決して順風満帆ではなく幾度となく回り道をさせられたこともあったでしょう。しかし目的を達成するためには一つの方法でなくともいいのです。無数に用意された道が世にはあって自分はそれを自由に歩くことが出来ると思うことで、心が軽くなるし幸せになれるのではないでしょうか。

偏見を持つな。 相手が幕臣であろうと乞食であろうと、 教えを受けるべき人間なら 俺は受けるわい。

数々の優秀な人物とのパイプを持っていたといわれる坂本龍馬。しかしその人脈を築き上げたのは、坂本龍馬の貪欲に学ぶ姿勢にあったと言っても過言ではありません。事実、坂本龍馬は幕臣であった勝海舟を殺そうとしましたが、勝海舟の話を聞いて考えを改め、後に教えを乞うようになります。学ぶ相手に貴賎なし、偏見ありきで成長はありえないことを坂本龍馬のこの名言は雄弁に語っています。

【まとめ】坂本龍馬の名言集について

最後に、坂本龍馬の名言を気軽に見ることが出来る媒体を紹介します。

坂本龍馬の名言集 (@RyomaBot2) | Twitter

150年近く経った今も、根強い人気を誇る坂本龍馬。現代の日本の礎を作った坂本龍馬の残した名言は、今を生きる私達に心強い希望を与えてくれます。真に日本のためを思い、日本を強くするために奔走した坂本龍馬。その生き様はまだまだ永く、多くの人たちを魅了していくことでしょう。

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