消えた漫画家の現在に迫る!訃報・死亡情報も。引退・過労死も?

感動・笑い・人生の目標等々、絵柄を通じて影響を与える漫画家達。現在でも一線で活躍する漫画家がいる中で、今ではすっかり名前を聞かずに消えたとされる漫画家も数多くいます。あの漫画家は本当に消えたのか?現在はどうしているのか?今回はそんな漫画家達の現在に迫ります。

消えた漫画家の現在に迫る!訃報・死亡情報も。引退・過労死も?

目次

  1. あの消えた漫画家の現在は?~ひっそりと活躍中の漫画家達~
  2. あの消えた漫画家の現在は?~引退・消息不明の漫画家達~
  3. あの消えた漫画家の現在は?~病気療養中の漫画家達~
  4. あの消えた漫画家の現在は?~訃報・逝去した漫画家達~
  5. まとめ・消えた漫画家の現在について

あの消えた漫画家の現在は?~ひっそりと活躍中の漫画家達~

漫画家・のむらしんぼ

のむらしんぼ

本名:野村伸 生年月日:1955年9月24日 出身地:北海道茅部郡南茅部町(現在の函館市) 血液型:AB型 代表作品:つるピカハゲ丸他

代表作品は『つるピカハゲ丸』。当時、スランプに陥っていたのむらしんぼを再起させたいという編集者の意向で、漫画の基本である四コマ漫画で再出発を果たした作品で、小学館漫画賞児童部門を受賞し、アニメ化もされました

しかし”ハゲ丸”ブームが去った後、目立ったヒット作品は無く、度重なる不幸や離婚が原因で再びスランプに陥ったのむらしんぼ。

そんな現在ののむらしんぼは、「コロコロコミック」を卒業した、かつてのコロコロ男児に狙いを定めた漫画雑誌「コロコロアニキ」で「コロコロ創刊伝説」を掲載。

自身のデビューとつるピカハゲ丸で得た栄光。そして落ちぶれていく現在までの経緯を自虐的に、コロコロ創刊の歴史も絡めて描いた作品です。それ以降はコロコロ系列を中心に単発の漫画を発表している他、本名で漫画原作も行っているようです。

漫画家・こせきこうじ

こせきこうじ

生年月日:1959年2月5日 出身地:千葉県 代表作品:県立海空高校野球部員山下たろーくん・ペナントレース やまだたいちの奇蹟

こせきこうじの代表作の一つである「県立海空高校野球部員山下たろーくん」。文字通り高校野球漫画ですが、その殆どが試合風景だけで話が進み、練習シーンはおろか学校生活、更に自軍の攻撃の際には必ず一塁・三塁に入らなければならないベースコーチの存在の描写すらない異色の高校野球漫画ですが、非常に熱い試合展開が話題になりました。

1991年から1994年まで週刊少年ジャンプで連載された「ペナントレースやまだたいちの奇蹟」。下手の横好きを地で行く野球大好き青年のやまだたいちが、セントラル・リーグのお荷物球団であるアストロズに強引にプロ入りし、奮闘していく姿を描いたストーリーです。

2001年からは『県立高校海空野球部員山下たろー君」の続編である『『株式会社大山田出版仮編集部員山下たろーくん』を週刊コミックバンチで2004年まで連載していました。

また2009年にはマンガタイムジャンボで、初のラブロマンス漫画を描いたこせきこうじ。彼の持ち味である天才とバカは紙一重系とは違った主人公と、儚げな外見が魅力的な美少女が織りなすラブストーリーが話題を呼びました。

現在、こせきこうじは海彦と名義を改め、ケータイバンチにて「じつわ話大富豪妻極貧夫」を連載しています。

漫画家・渡辺道明

渡辺道明

生年月日:1967年4月14日 出身地:千葉県 血液型:A型 代表作品:ハーメルンのバイオリン弾き・PHANTOM DEAD OR ALIVE他

渡辺道明の代表作品は「ハーメルンのバイオリン弾き」。1990年にエニックスファンタジーコミック大賞を受賞したこの作品は月刊少年ガンガンにておおよそ10年もの間連載され、当時のガンガンの屋台柱とも呼ばれる作品になりました。

1996年にはアニメ化もされましたが、原作とはあまりにも違った展開と、音楽に凝った代償としての止め絵描写が多く、当時のファンの間では真っ二つに評価が分かれました。現在では”世に出るのが早すぎたアニメ”として、高い評価を得ています。

2001年に「ハーメルンのバイオリン弾き」が終了した後、その続編となる「ハーメルンのバイオリン弾き~シェルクンチク~」が2008年から2011年まで、現スクウェア・エニックスが刊行しているヤングガンガンに掲載されました。

現在はWebで活躍中の渡辺道明。「ハーメルンのバイオリン弾き~シェルクンチク~」とは異なった二つの続編の連載中で、今も尚多くのファンからの期待と支持を得ています。

漫画家・柴田亜美

柴田亜美

生年月日:1967年5月24日 出身地:長崎県 血液型:B型 代表作品:南国少年パプワくん・変身王子ケエル・HERO・カミヨミ他

柴田亜美と言えばエニックス(現スクウェア・エニックス)が刊行していた「ドラゴンクエスト四コマ漫画劇場」のインパクトが根強く残っている人も多いことでしょう。「もりそば」「うおのめ」の破壊力は当時著者の腹筋を直撃しました。

1991年、月刊少年ガンガンで連載された柴田亜美の漫画家としてのプロデビュー作品「南国少年パプワくん」。この作品を書くにあたって柴田亜美は、当時勤めていた会社と両立しながら漫画を描いていましたが、二足の草鞋は履けぬと判断。

会社と漫画家どちらを取るかの選択に迫られた柴田亜美は漫画家になることを選びましたが、その意思を当時の上司に告げたところ「漫画家に失敗したらいつでも戻ってきてもいいよ」との言葉を貰い、感動したというエピソードがあります。

「南国少年パプワくん」終了後、続編となる「PAPUWA」が2002年から2008年まで月刊少年ガンガンで連載されます。こちらも前作同様アニメ化され、多くの支持を得ました。

2012年にカミヨミの連載終了を機に、創作漫画家を退いた柴田亜美。現在はエッセイを中心とした漫画家として活躍中です。

あの消えた漫画家の現在は?~引退・消息不明の漫画家達~

漫画家・岡田あーみん

岡田あーみん

生年月日:1965年8月14日 出身地:沖縄県 代表作品:お父さんは心配症・こいつら100%伝説・ルナティック雑技団

現在も多くの支持を得ている少女漫画家、岡田あーみん。少女漫画誌「りぼん」に掲載された彼女の作品はどれも異彩を放っており「少女漫画界のドクダミ」という二つ名を付けられたというエピソードがあり、「世に出るのが早すぎた天才漫画家」の一人として名前が良く挙がります。

岡田あーみん伝説の幕開けである「お父さんは心配症」。1983年の単発掲載を経て、1984年から1988年にかけて月刊少女漫画誌のりぼんで連載されました。

岡田あーみん伝説第二弾「こいつら100%伝説」は1989年から1992年にかけてりぼんで連載されました。忍者物を謳っている割には岡田あーみんは忍者物に明るくはなく、更に時代考証を全く無視しきった設定でしたが、ギャグ作品として非常に突き抜けているため全く気にはなりません。作者自身も「難産だったけれど愛おしい作品」とかなりの愛着を持っており今も尚愛され続けている作品です。

岡田あーみん伝説完結作品となった「ルナティック雑技団」。1993年から1996年にかけてりぼんで連載されました。本編では不完全燃焼だったヒロインとヒーローの文通の結末、ヒロインの恋敵の片恋の行方などは短編にて描かれました。長らく単行本には未収録でしたが、2015年に刊行された新装版にはきちんと収録されました。

また、同期である少女漫画家のさくらももこと合作した岡田あーみん。ちびまる子ちゃんの世界と岡田あーみんワールドが絶妙なさじ加減で入り交ざった作品になっています。

漫画家・高田エミ

高田エミ

生年月日:1963年7月5日 出身地:札幌市 代表作品:ねこ・ねこ・幻想曲・ジェニファー他

1985年から少女漫画誌りぼんで10年にわたり連載された高田エミの人気作品「ねこ・ねこ・幻想曲(・は猫の足跡のフォント)」。猫が人間に変身するというファンタジー色の強いドタバタコメディです。更に涙腺崩壊のエピソードも上手く盛り込まれているため、大人になって読み返す時はハンカチ必須の作品となっています。

1991年にはOVA化されたねこ・ねこ・幻想曲。1992年にりぼんで連載を終えた「シロ編」に続き、りぼん増刊号で番外編を掲載。1994年から1995年の冬休み増刊号まで主人公シロの娘である「ルル編」を連載しました。

その後、「ジェニファー」を始めりぼんで単発の連載をこなしながらも現在は漫画家を半分引退している高田エミ。今はアロマセラピストとしての仕事をメインに活躍しています。

漫画家・佐藤正

佐藤正

生年月日:1963年1月1日 出身地:宮城県 血液型:O型 代表作品:燃える!お兄さん

後述の漫画家・新沢基栄の元でアシスタントをし、1987年週刊少年ジャンプで「燃える!お兄さん」の連載で漫画家デビューを果たした佐藤正。アニメ化やゲーム化果てはグッズ化もされた代表作品ですが、かなり過激なギャグや下ネタ、差別的発言や暴力シーンが散りばめられており騒動を引き起こしたことも。

燃える!お兄さん職業差別事件①

1990年10月9日に発売されたジャンプに掲載された問題の未収録作品。主人公の担任教師が失敗により教師をクビになり用務員をする展開に。

燃える!お兄さん職業差別事件②

この教師はかなりの暴力教師だったため、主人公を始めとする登場人物から嫌われていたためここぞとばかりに暴言を吐く主人公ですが…。

燃える!お兄さん職業差別事件③

「もう教師じゃないただの人」「用務員なら何を言ってもいい」「バカ職員」と理屈と共に用務員になった教師をこき使う主人公。しかし用務員になった教師からの過激な反撃で返り討ちにあった主人公という展開に、自治労を始めとする全国の読者や保護者から「用務員を馬鹿にしている」と苦情が殺到。書店のみならず飲食店や家庭までもが回収対象となり大きな騒動となりました。

その後佐藤正は「燃える!お兄さん」の連載の後、週刊少年ジャンプから活動の拠点をいくつか映し活動を続けていましたが、「燃える!お兄さん」が文庫本化してから表立った活動はなく、単行本化されている自身の過去作品をマンガ図書館Zにて掲載しているのみに留まっています。

あの消えた漫画家の現在は?~病気療養中の漫画家達~

漫画家・矢沢あい

矢沢あい

生年月日:1967年3月7日 出身地:兵庫県 身長:168㎝ 血液型:B型 代表作品:天使なんかじゃない・ご近所物語・Paradise Kiss・NANA他

数々の少女漫画を描き、そのどれもが大ヒットを飛ばしている矢沢あい。その中でもアニメ化、映画化、実写化、ゲーム化され、トリビュートCDも発売するに至った「NANA」は現在もCookieで連載中の作品です。

しかし2009年、急病により休載。現在に至るまで活動の目処が立たずコミックスも21巻発売から何の音沙汰もなく、過労死したのではないかという死亡説が囁かれている始末。

ですが、掲載中の雑誌であるCookieには描き下ろしイラストを提供していることが確認されている矢沢あい。徐々に病気は回復しているようです。

病名が伏せられているだけに多くのファンがやきもきしながらも漫画家矢沢あいの復活を祈っています。NANAの結末を最後まで見届けたい気持ちでいるファンも多いので、少しでも早い復帰をお祈りしています。

漫画家・新沢基栄

新沢基栄

生年月日:1958年6月10日 出身地:新潟県 血液型:A型 代表作品:ハイスクール!奇面組シリーズ

1980年「3年奇面組」というタイトルで漫画家デビューを果たした新沢基栄。元々は妹の影響で少女漫画家志望だったため、初期の作品にはその名残が随所に見て取れます。

その続編にあたる「ハイスクール!奇面組」を連載し、一躍大ヒットした新沢基栄。1985年にアニメ化され、その後続編も発表されましたが、高校時代に患った腰痛が連載中に悪化し、それが原因で「ハイスクール!奇面組」以外の作品は殆ど未完で終わる形になっています。

新沢基栄は現在、故郷である柏崎市で開催される「柏崎ふるさとまつり」で直筆イラストの絵あんどんを出品しているということ。未完で終わった作品の続編についても「現在は特に思い浮かばない」とコメントを残しているところから、漫画家活動を行わなくてもある程度生活基盤は安定していることが伺えるため、絶頂期に貯めた資産で不動産を経営しているのではないかという噂もあります。

漫画家・星野桂

星野桂

生年月日:1980年4月21日 出身地:滋賀県 血液型:O型 代表作品:D.Gray-man

2004年から週刊少年ジャンプにて「D.Gray-man」を連載した星野桂。2006年にアニメ化された後、2009年にジャンプスクエアに移籍し現在も連載中です。

2005年ごろから体調不良を理由に休載が目立ち始めた星野桂。コミックの21巻あたりから作画の乱れが頻発し始め、休載を挟んで発売された23~24巻の作画は別人を疑うほどの違和感を覚えるものだったようで、多くのファンが離れていきました。

体調不良の理由が明かされるまで、星野桂の病気についてはネット上で様々な噂を呼び込みました。作画の変化から星野桂はうつ病になったのではないかという意見が最も多く、中にはそれをこじらせ死亡したのではないかという憶測も。

現在星野桂はジャンプSQ.CROWNにて連載を再開していますが、その直前にも2013年から二年半余り長期休載を挟んでいます。果たして病気はきちんと完治しているのか、そして無事に完結することが出来るのか。非常に気になるところですね。

あの消えた漫画家の現在は?~訃報・逝去した漫画家達~

漫画家・徳田ザウルス

徳田ザウルス

本名:徳田肇(とくたはじめ) 出身地:神奈川県 生誕:1958年12月1日 死没:2006年3月23日 代表作:ダッシュ四駆郎他

第一次ミニ四駆ブームのけん引役となった「ダッシュ!四駆郎」は1987年に月刊コロコロコミックで連載。1989年にはアニメ化されました。

連載同時期に、別冊コロコロコミックやコロコロコミック増刊号にも掲載された「ダッシュ!四駆郎」ですが、1992年に作者の急病のため一時休載。その後、回復した徳田ザウルスが執筆した完結編が別冊コロコロコミックに掲載されました。

2006年3月23日、横浜市内の病院で急性心不全のために死去した徳田ザウルス。1992年に倒れた際も、35日間意識不明になり20日間の危篤状態に陥りながらも、決して弱音を吐かず常に前を向いていたと彼の奥さんは後に語っています。

そして現在、コロコロアニキにて「ハイパーダッシュ!四駆郎」が連載されています。作者は”仏ゾーン””シャーマンキング”の作者として知られる武井宏之です。

武井宏之という一人の漫画家を誕生させた、偉大なる漫画家でありミニ四駆ブームのけん引役だった徳田ザウルス。そしてその後を武井宏之が継ぐ経緯を描いた「拝啓 徳田ザウルス先生」は必見です。

漫画家・火村正紀

火村正紀

別名義:新木場ユキ 出身地:愛知県 生誕:不明 死没:2015年6月17日 代表作品:はじめての甲子園

2006年から2009年にかけて月刊少年ガンガンで「はじめての甲子園」を連載。その後2011年にガンガンONLINEで連載された『シンデレ少女と孤独な死神』の原作を、別名義である新木場ユキで担当しました。

火村正紀が不調を覚えたのは2012年頃。腹痛や嘔吐、下痢などに悩まされ内科を受診したところ大きな異変は見当たらなく急性胃腸炎と判断されました。しかしその後も症状は悪化し医師の勧めにより婦人科で再診したところ、卵巣に癌が見つかり2013年1月末から闘病生活に入ることとなりました。

原作を手掛けていた『シンデレラ少女と孤独な死神』はストックがある分の掲載をもって連載を第一部完結という形で終了。その後ガンガンONLINEにて2013年5月16日から自身の闘病生活を描いた『入院ノート』の連載を始めますが、2015年6月17日、死亡が確認されました。

しかし火村正紀の訃報が実際にファンに報じられたのは死亡した日から更に5ヶ月経過した9月24日のこと。遺族や関係者の意向を汲んで、当初の火村正紀の訃報は伏せられたこと、事実上の遺作となった入院ノートの続きを見つけ遺族らの許可を得て掲載に至ったことであると、ガンガンONLINEの編集部はコメントしました。

漫画家・戸部けいこ

戸部けいこ

本名:非公開 出身地:兵庫県 生誕:1957年7月30日 死去:2010年1月28日 代表作品:光とともに…

2001年から2010年にかけて秋田書店刊「フォアミセス」で月刊連載されていた「光とともに…」は、自閉症児を抱えた家族の葛藤や大変さ、自治体の福祉施設の甘さなどを綿密な取材を重ねて描いた作品です。

2004年には日本テレビ系列で実写化された「光とともに…」は、第42回ギャラクシー賞テレビ部門奨励賞を受賞した作品であり、女優の篠原涼子の連続ドラマ初主演作としても話題になりました。

死亡した原因はアスベストによる悪性胸膜中皮腫だという漫画家・戸部けいこ。彼女の夫は「妻は漫画を通じて光のないところに光を当てようと最後まで頑張った。私たちは被害を決して忘れてはならない」とコメントしています。

2016年2月、「『光とともに…』が遺したもの」という特集がフォアミセスで組まれ、そこにはネームの形で遺されていた戸部けいこの最期の二作品が、漫画家である河崎芽依の手によって完成。正式な「光とともに…」の完結編として掲載されました。

戸部けいこと同時に漫画家デビューを果たし、それ以来ずっと”戦友”として交流を続けてきたという河崎芽依。彼女によってもたらされた「光とともに…」のエピソードは大いに注目を集めました。

まとめ・消えた漫画家の現在について

かつては大ヒットを飛ばしながらも、その後はぱったりと名前を聞かなくなり、消えたのではと言われる漫画家達。

しかしかつての名声程ではないけれど細々と活躍を続ける漫画家や、漫画家稼業から足を洗った漫画家、病気で療養している漫画家、そして漫画家という不規則な職業のために過労死してしまった漫画家など、消えたと思われる事情も様々にあることが判明しました。

色々な人に色々な影響を与えてきた作品を手掛けていた漫画家達。一つのヒットを飛ばして消えたのではあまりにも勿体なく、また不規則な生活が祟っての過労死などという痛ましいことにならないよう健康に気を付けて、これから先も感動を生み出す漫画を描いてもらいたいものです。

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