福原愛の父・福原武彦が起こした事件とは。絶縁で母親とは離婚した?

福原愛といえば、卓球が強くてオリンピック選手にも選ばれているすごい女の子ですよね。その福原愛の父が、まさかの事件を起こしていたんです!父がどんな事件を起こしたのでしょう?福原愛の父の事件の真相について迫っていきたいと思います。

福原愛の父・福原武彦が起こした事件とは。絶縁で母親とは離婚した?

目次

  1. 福原愛プロフィール
  2. 福原愛は卓球の天才児
  3. 福原愛の父はどういう人?
  4. 福原愛の父が事件を起こす!
  5. 事件の後、父と母は離婚
  6. まとめ:父親の愛は本物だった

福原愛プロフィール

名前   福原愛 生年月日 1988年11月1日 血液型  B型 4歳ごろから卓球を始め、数々の大家で優勝を飾る。 マスコミからはすぐに泣いてしまう福原愛に 「泣き虫愛」ちゃんとニックネームをつけた。 しかし、公式戦で泣いてしまったのは初めて出た大会だけであり、 それ以降の大会で泣くことはなかった。

福原愛は卓球の天才児

福原愛といえば?

福原愛の最初の記憶といえば、明石家さんまと卓球対決しているのが初めてじゃないでしょうか?当時まだ4歳だったのです。懐かしいですねー。

天才卓球少女として福原愛はさんまと対決したのですが、負けそうになると涙目になっていってます。

大人げないさんま

対決途中に自分が決めるとよっしゃー!とか福原愛がミスをするとそれを喜んだりと見てる方は明らかにさんまが大人気ないことをしているのかがわかります。まだ福原愛は4歳ですので、そのプレッシャーに勝てませんでした。

泣いちゃう福原愛

大人のプレッシャーがだいぶ怖かったんでしょうね。まだやり始めてそれほど時間もかかっていない頃でしたしね。さんまも泣いている福原愛を見て「だから嫌やったんやー!」と絶叫します。次の年にも福原愛と対決していましたが、やはり福原愛が泣いてしまって同じようなくだりをしていましたね。小さな子の扱いがうまいはずのさんまがタジタジになっていたのはこの時初めてだったかもしれません。

すっかり成長した福原愛

さんまと対決して泣いていた福原愛もかなり成長し、さんまのまんまでまたさんまと共演することになりました。昔のように卓球をしていますが、さすがに10歳以上も成長した福原愛が泣くことはありませんでした。

福原愛の父はどういう人?

父の名は武彦

福原愛の父親は福原武彦(たけひこ)といいます。あまり表舞台に出てこない人だったので、福原愛の父だと知っている人は少ないかもしれませんね。

どちらかといえば父親よりも母親の方がテレビで見る機会が多かったと思います。泣いていた福原愛が抱きついていたのは母親でしたしね。

福原愛の父が事件を起こす!

福原愛の父親は、卓球を知らない人でした。だけど、福原愛の卓球についてはすごく口を出してくる人だったのです。試合に負けてると今までやっていた練習の仕方をガラリと変えてしまうんですって。

父親に振り回される福原愛

福原愛がプロ宣言したのが10歳からで、そのころから父親はやたらと福原愛の卓球について口うるさくなっていき、上記で書きましましたが、負けてしまうとたびにすぐ練習方法を変え、それもうまくいってないとコーチごと変えてしまって落ち着いて練習できなかったようです。

事件もそうだけど借金も?!

父親の福原武彦は90年から建設会社を営んで、代表は福原愛の母親がやっていましたが、いまいち経営がうまくいきませんでした。ちょうどバブルがはじけているあたりなので、建設会社だとモロに不況のあおりをかぶってしまったんでしょうね。

小さな頃から父の借金のためにCM出演

建設会社を営んでいた父親ですが、バブルの煽りで倒産することになってしまったのです。倒産金額が1億5千万円ほどの借金が残ってしまいました。返すために、福原愛は当時10歳で上記にも書いたとおり10歳でプロ宣言しています。専属契約がミキハウスということで、契約料で多少なりとも借金を返そうと目論んでいたのでしょうね。専属料もかなり高額だと言われています。

事件!父親がお金を使い込む!

父親がここまで借金を背負ってしまったのには訳があります。もちろん、父親自身が浪費していたわけではないのです。福原愛は小さな頃から卓球という競技に心血注いでいて、また、父親である福原武彦にとっても同じ気持ちでした。

父親は家族に黙って1億5千万円もの借金ができてしまいましたが、福原愛は何度も拠点を変えて福原愛自身の専用卓球所も持っていました。それがどれだけお金が掛かることかわかりますよね。ここまでしてくれなかったら福原愛という天才卓球少女はいなかったかもしれません。でも家族にしてみたら大事件ですよね。

事件の後、父と母は離婚

2004年に両親は離婚

ミキハウスから契約料をもらったり、CMで出演料をもらっても借金を解消することはできませんでした。見切りをつけられた父親は離婚してしまいます。借金の理由が福原愛の競技人生のためでもあったのにわりとあっさりと両親も離婚してしまったものですね。

離婚のあとは父親とは絶縁?!

両親が離婚したのは福原愛が15歳のころでした。ちょうど思春期真っ最中で、普通なら大事件ですけど、福原愛にとって父親は疎ましい存在でした。

素人な父親

上記にも書きましたが、福原愛の父親は卓球に対して全くの素人なんです。自分でやったこともないのに、練習の仕方に文句をつけられるし、負けたらすぐに練習法を変えられる、その変えた練習法でも気に入らなかったらすぐにまた変えられる。でも、父親だって自分の娘が才能あるなら伸ばしてやりたいと必死だったと思うんです。

08年までは父親がマネージメントを務める

離婚してからすぐに福原愛が絶縁したわけではありません。絶縁したのは、父親の借金のせいで金銭的なことで振り回されるのが嫌になったんでしょう。一番嫌だったのは「素人なのに口出すな!」といったところでしょうか。母親も父親に何度か口を挟んでいたようですが、父親は頑として聞かなかったことからそれも嫌だったのかもしれません。

父親が亡くなる

08年からまったく連絡をとっていなかった福原愛。突然の父の訃報はびっくりしたでしょう。いくら嫌いだといっても父親ですから複雑な気持ちでしたでしょうね。

画像にもコメントがありますが、幼少期からの目まぐるしく環境が変わる状態を味わっていなかったらオリンピックでも活躍できなかったかもしれません。

まとめ:父親の愛は本物だった

いかがでしたでしょうか?父親は愛情の示し方が下手だったかもしれません。借金が大きくなってしまったのは、選手としての福原愛を支えたかったからでしょう。そこがわかり合えていたら、絶縁なんていうことにならなかったのかもしれませんね。

Thumb福原愛と父親の福原武彦は絶縁状態だった?確執の理由とは? | Pinky

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