ピート・バーンズが死去…整形が原因との噂も【現在と昔画像あり】

デッド・オア・アライブのピート・バーンズが急性心不全で急逝。57歳の若さでした。ピート・バーンズは整形依存。現在整形失敗から体調悪化が心配されていた存在。死因にも注目が集まっています。ピート・バーンズの昔から現在まで画像で紹介。90年代アイコンの追悼企画です。

ピート・バーンズが死去…整形が原因との噂も【現在と昔画像あり】

目次

  1. ピート・バーンズ(デッド・オア・アライブ)死去のニュース
  2. ピート・バーンズの生い立ち
  3. ピート・バーンズの整形手術とその失敗
  4. 唇の整形の失敗から深刻な健康被害へ
  5. 2016年9月ピート・バーンズの画像に驚愕!
  6. ピート・バーンズのデビュー前から亡くなるまでの画像を集めてみた

ピート・バーンズ(デッド・オア・アライブ)死去のニュース

現在、整形手術失敗で体調不良に悩んでいた

2016年10月23日、80年代から90年代にかけて、特に日本で大人気だったユーロビートバンドユニット「デッド・オア・アライブ」で中性的な魅力をはなっていたフロントマン、ピート・バーンズが急性心不全のため亡くなっていたことがわかりました。ピート・バーンズはブリティッシュ・インベンジョンと言われた当時のUKカルチャーを体現するような存在。カルチャー・クラブのボーイ・ジョージと並ぶ時代のアイコンでした。

ピート・バーンズの昔と現在の画像

整形手術の怖さがじわじわくる二枚の画像。イギリスではワン・ヒット・ワンダーとされたデッド・オア・アライブですが、ここ日本では息の長い人気を誇り、晩年のピート・バーンズも親日家として日本をとても愛していたと伝えられます。ピート・バーンズが亡くなって最初に追悼ツイートを出した海外の有名人はボーイ・ジョージでした。

ピート・バーンズ死去のニュースがSNSを駆け巡る

昔の日本公演のポスターをアップする海外コレクター

日本で息の長い人気を誇ったデッド・オア・アライブ。海外のコレクターがポスターをアップすると、そこには昔のピート・バーンズの姿が。現在、死去に至る前のピート・バーンズはすでに別人になってしまっていました。

【昔の画像】80年代のアイコン、ピート・バーンズ

フロントマンのピート・バーンズの妖艶で中性的な魅力が特徴。元祖クネクネダンス!ピート・バーンズが青白い肌に真っ黒な長髪を逆立て、眼帯に細い体でダンスを繰り広げると、最初のフレーズから野太い男性的な声で熱唱!そのギャップに度肝を抜かれ、一度聞くと忘れられなくなるという、そんな中毒性がバンドの持ち味でした。

【動画】You spin Me Round (Like a Record)―Dead Or Alive

ピート・バーンズの生い立ち

ピート・バーンズの略歴

ピート・バーンズ Pete Burns 1959年8月5日―2016年10月23日 チェシャー州ベビントン出身 母:ドイツ系ユダヤ人、父:イギリス人 1978年リバプールで美容師リン・コレットと結婚 1980年「デッド・オア・アライブ」デビュー デビュー当時鼻の整形手術をしたことをきっかけに、整形依存といわれるほどの手術を繰り返すことになる。

2006年離婚 自叙伝「Freak Unique: My Autobiography」出版 リアリティショー「セレブリティ・ビッグ・ブラザー」出演 2007年ロンドンのウエイターだったマイケル・シンプソンと同性婚 その後も複数のリアリティショーに出演し、歯に衣着せぬ暴言で話題を集める。 2016年9月「Celebrity Botched Up Bodies」に出演。ピート・バーンズの変わり果てた現在の姿に心配の声が集まる。 同年10月23日急性心不全で亡くなる。享年57歳だった。

【昔の画像】デビュー前のピート・バーンズ

小さい頃に父が出て行ったため、アルコールや精神の問題を抱える母と二人暮らしをしていたというピート・バーンズ。子供時代は空白時代。母の面倒を見ることで一日が過ぎ、外へ出かけることもなかったのだとか。自伝では、母に対しての愛を語っています。

整形依存につながる変身願望は小さい頃から?!

少年時代は問題児。14歳で眉毛をそり落とし、真っ赤な髪色で片方だけ大きなイヤリングをして登校したことがきっかけになって校内で問題になり校長に呼び出されてしまいます。結局、学校を中退して店員のアルバイトをしたり、美容室で働いたりしていました。音楽が救いになり、バンド活動をスタートします。美容室で仕事をしていたときに、先輩美容師だったリン・コレットと出会い、10年付き合って結婚。おしどり夫婦として知られていました。

黒いカラコンがお気に入りだったピート・バーンズ

2つのバンドでフロントマンとしてパフォーマンスした後、1980年にデッド・オア・アライブとしてデビュー。学校を中退して働いていた美容室の先輩だったリン・コレットとは1978年に結婚。幼馴染とも表現される若い頃からピート・バーンズの良き理解者であった人物として、現在でもピート・バーンズを語る際に欠かせない人物です。

【昔の画像】ピート・バーンズと愛妻のエピソード

二人の結婚生活は20年を超え、おしどり夫婦として知られてきました。ピート・バーンズは自分のセクシュアリティを質問されると、はぐらかすことが多かったものです。自分はバイでもトランスでもゲイでも何でもない、ピートなんだ!なんて言っていましたっけ。

結局この結婚は2006年、ピート・バーンズがロンドンのウエイターだったマイケル・シンプソンと付き合うようになり、離婚になっています。リン・コレットはピート・バーンズを悪く言うこともなく、離婚に応じてからもピート・バーンズを応援していたことが伝えられています。

【昔の画像】モリッシーとピート・バーンズ

スミスのフロントマン、モリッシーとの友情関係にも注目が集まっていました。一緒にライブを行ったり、1985年のスマッシュヒッツ誌に共同インタビューを受けたりと、怪しい二人の関係?はファンの話題に上ることも多かったもの。

ピート・バーンズの整形手術とその失敗

【昔の画像】デビュー当初からスタートした整形手術への傾倒

リバプールの少年時代、喧嘩で頭突きを鼻にくらって、鼻が曲がっていることがコンプレックスだったというピート・バーンズ。自分の顔がキレイでカンペキでないことに常にコンプレックスがあったといいます。一番最初の整形手術は、鼻をまっすぐにするためのものだったといいます。「You spin me round」がヒット曲となり、スターとして露出が増えると、外観を良くしておかなければならないと常に思うようになったとも伝えられました。

死因が整形失敗?!整形手術の始まりは小さいことだった

インタビューに答え「メイクは洗うと落ちてしまう、落ちないメイクがほしかった」とも。顔がカンペキじゃないため、アイパッチをつけてみたりもしたというエピソードも。デビュー当時から美少年として知られていましたが、本来はユダヤ系の鼻には特にコンプレックスが強かったようで、当初の手術はおもに鼻の形を変えることに集中していたとも。

1991年ごろのピート・バーンズ

アイコンになった逆毛ヘアとアイパッチ姿。こんなにキレイな人がなぜそこまで整形手術にこだわるのか、凡人にはわからない世界・・・。

【昔の画像】徐々に整形の回数が増えるピート・バーンズ

すでに相当の整形手術を受けて鼻や頬のあたりが別人のようになったピート・バーンズ。

1995年ごろのピート・バーンズ

ROCK FAMILY TREEに出演したピート・バーンズ。すでに誰だかわからないほど、整形の回数が進んでいます。

唇の整形の失敗から深刻な健康被害へ

死因説も飛び出した、肉芽腫が広がる大惨事へ

唇をふっくらさせる整形手術のツケで何度も死にかけたと語っていたピート・バーンズ。「80になって天国に行くときには、神様がワタシが誰だかわからないといいな」とも発言していました。ユーモアのセンスを忘れないピート・バーンズ。整形失敗後の顔面崩壊の詳細を冗談交じりに語ることも。

2002年ごろのピート・バーンズ

鼻だけで4回の整形手術を受けていると告白したピート・バーンズ。その後は頬骨を高くする整形を受けました。しかし、ピート・バーンズの整形手術の結果が最悪のものになったのは、その後の唇を大きくする整形が失敗したことによるものです。

ピート・バーンズの整形顔を覗き込むエルトン・ジョン

2002年、唇を大きくする整形を受けた後のピート・バーンズの画像です。この時代、唇を大きく腫れぼったくするのがセクシーということで、整形するセレブも多かった。しかし唇を膨らませるために入れたポリマーのジェルが炎症を起こし、肉芽腫になって顔全体に広がるという健康被害を起こします。顔から膿が噴き出すというまるでホラー映画のような状態へ。

【昔の画像】2006年ピート・バーンズが自叙伝を出版し話題に

2006年「Freak Unique」というタイトルの自叙伝を出版。これまでの生い立ち、特に整形手術とその失敗に関して赤裸々にぶちまけたピート・バーンズ。すでに過去の人となりつつあったピート・バーンズですが、自叙伝をきっかけにキャリアが再スタートします。2006年はかねて1年ほど別居生活を送ってきた愛妻リンと正式に離婚。パートナーだったマイケル・シンプソンと同性婚したことを発表しています。

リアリティ・ショーのスタートしてカムバック

2006年「セレブリティ・ビッグ・ブラザー」に出演。整形の失敗で家に引きこもり、一時は生きる希望もなくなっていたというピート・バーンズ。整形失敗後、顔を再構築するために、多くの時間とお金をかけることになります。唇を開けることもままならなくなり、失敗した唇の整形をなおしてもらうため、整形外科医探しが始まります。資金繰りのために自宅を手放すなどスキャンダルが報道される存在に。

【動画】「セレブリティ・ビッグ・ブラザー」でのピート・バーンズ

ストレートに同居のハウスメイトを批判するピート・バーンズ。その辛辣さでお茶の間の人気者になります。

ピート・バーンズが再婚

2006年2月、ピート・バーンズはボーイフレンドのマイケル・シンプソンと婚約したことを生放送で発表しています。おそろいのリングで仲良しぶりをアピール。

ピート・バーンズの振袖姿

ものすごいウエディング写真ですが、日本好きなのは伝わりますよね。

【動画】ピート・バーンズの整形依存は日本のテレビ番組でも放映

自伝が話題になり、テレビ番組に取り上げられるきっかけになりました。日本でもピート・バーンズの当時の整形の状態が取り上げられていました。

まだまだ続く、ピート・バーンズの整形手術

2007年ロンドンのウエイターだったマイケル・シンプソンと同性婚をしてお茶の間に「エキセントリック」感をさらに植え付けたピート・バーンズ。変人ぶりは整形手術に依存して顔面崩壊していくさまにもあらわれていた?パートナーと連れ立って整形手術を受けたところを画像に収められています。整形依存と揶揄され、自分のことを「フランケンシュタイン」だと自嘲気味に語ったことも。その後も複数のリアリティショーに出演し、歯に衣着せぬ暴言で話題を集める存在に。

整形依存と言われたけれど・・・

ピート・バーンズは整形手術を受け続けて、どうにか自分の現在の外観を「メンテ」すると語っていました。内情は、失敗して健康被害も出ている崩壊寸前の顔面を、このままの状態で維持するために繰り返し整形手術を受けていたということのようです。整形手術の本当の怖さは、手術が一度では終わらないこととはよく言われます。

一か所をなおすと他の部分もそれに伴って変えるようになり、永久に顔を変え続けることに。最初の自分の顔とは全く違う誰かになってしまっても、心の暗黒が埋まらなければ、半永久的に顔を変え続けないと気がすまなくなってしまうのだとか。ピート・バーンズの場合は、途中でずさんな整形手術を受けたことで、修復のための整形手術がそこに加わり、一生涯整形手術を受け続けることになったようです。

整形手術のほとんどは、唇の治療のためのものだったとすると、300回の整形手術を受けたことの意味が少し違ってきますよね。

メンテナンスができていたころのピート・バーンズ

ピート・バーンズは自身の性を超えた独特の外観をキープする必要もあったのでしょう。しかし、デビュー当初の美少年ぶりを覚えているファンにとっては、なぜそこまでして自分の外観を変える必要があったのか、いまだに不可解なところも。

【現在の画像】2012年のピート・バーンズ

2012年12月ロンドン。「ヒット・ファクトリー・ライブ」に出演したときのピート・バーンズの画像です。

【動画】2016年5月、テレビに出演したピート・バーンズ

【現在の画像】すでにピート・バーンズが誰だかわからない・・・

確かに、体調が良いようには見えなかったピート・バーンズ。整形手術、その失敗による仕事へのダメージ、顔を再構築するための手術、失敗した整形外科医を相手取った訴訟騒ぎなどで全財産を使い果たし、2014年12月には自己破産。2015年4月には家賃滞納のため賃貸物件を追い出されるなどのスキャンダルも報道されていました。

2016年9月ピート・バーンズの画像に驚愕!

【現在の画像】「Celebrity Botched Up Bodies」のピート・バーンズ

びっくりするくらい太ってしまい、すっかり誰かはわからなくなっていたピート・バーンズ。イギリスのチャンネル5で放送されている「Celebrity Botched Up Bodies」という番組は、整形手術で失敗し、ダメージを受けた有名人を名医が修復するというドキュメンタリー。

ピート・バーンズはシリーズ2作目のエピソード第1回に出演しています。手術シーンなどもあり、グロ系が苦手な方には観覧注意。もうすでに現在のピート・バーンズは、90年代のピート・バーンズとはすっかり別人になってしまっています。

Celebrity Botched Up Bodies - Channel 5

【動画】「Celebrity Botched Up Bodies」ピート・バーンズ

【現在の画像】ピート・バーンズと二人のパートナー

ピート・バーンズが急性心不全で亡くなったとき、リン・コレットの家にいたという報道も出てきました。ピート・バーンズはのちに破産してしまいます。その際に救いの手を差し伸べたのも元妻リン・コレットでした。ピート・バーンズが亡くなったというメッセージがツイッターに流れたときも、マイケル・シンプソンとリン・コレットの二人の連名として悲しいお知らせが世界に届けられています。

孤独ではなかったピート・バーンズ。二人のパートナーに見守られて息を引き取ったということでした。画像は、ピート・バーンズとパートナーのマイケル・シンプソン、元妻のリン・コレットのスリーショットです。

ピート・バーンズが亡くなったことを伝えるツイート。マネージャーのスティーブと、元妻リン、現在のパートナーのマイケルの連名のメッセージになっています。

亡くなる前の意味深なツイートも話題に

まるで残り少ない日々を数えているようなこのツイート。もしやピート・バーンズは死が近づくことを知っていたのでは?と拡散されていました。実際には、デッド・オア・アライブ19枚組のCDボックス「Sophisticated Boom Box MMXVI」の発売が10月28日に予定されているため、発売日を待ちきれないという意味のツイートだったようです。しかし、偶然とはいえ、このツイートがピート・バーンズの最後のツイートとなっています。

ピート・バーンズのデビュー前から亡くなるまでの画像を集めてみた

整形失敗とそれに伴う体調不良を公表してきただけに・・・

今後、死因に関して何か追って発表があるのかもしれません。現在のところ、急性心不全とだけ公表されたピート・バーンズの死因。整形手術の怖さを感じますよね。その後海外からニュース報道が入ったら、またピート・バーンズの死因についてアップデートしたいと思います。

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