スティーブ・ジョブズの病気・死因は膵臓がん?生い立ちや学歴まとめ

アップル社の共同創業者であるスティーブ・ジョブズは、2011年10月に病気のため死去しています。死因は膵臓がんと言われています。スティーブ・ジョブズは、死因となった膵臓がんで長い闘病生活を送っていたそうです。。その闘病、さらに生い立ちや学歴などをまとめます。

スティーブ・ジョブズの病気・死因は膵臓がん?生い立ちや学歴まとめ

目次

  1. 病気のために死去したスティーブ・ジョブズの死因は膵臓がん?
  2. スティーブ・ジョブズの生い立ち
  3. 大学は?スティーブ・ジョブズの学歴
  4. アップル社創業からのスティーブ・ジョブズの経歴
  5. 壮絶な闘病生活!スティーブ・ジョブズの病気・死因は膵臓がん
  6. スティーブ・ジョブズの病気と死因【まとめ】

病気のために死去したスティーブ・ジョブズの死因は膵臓がん?

アメリカのアップル社の共同創業者として、世界中で有名になったスティーブ・ジョブズは、病気のため2011年10月5日に永眠、56歳でした。死因は膵臓がんと言われていますが、どのような闘病生活を送っていたのでしょうか?病気や死因に触れる前に、スティーブ・ジョブズの生い立ちや学歴からまとめます。スティーブ・ジョブズは、どんな生い立ちなのでしょうか?生まれた時から順に辿っていきたいと思います。そこには、ちょっと複雑な家庭環境があったようです。

スティーブ・ジョブズの生い立ち

スティーブ・ジョブズのプロフィール

名前:Steven Paul "Steve" Jobs(スティーブン・ポール・“スティーブ”・ジョブズ)
生年月日:1955年2月24日
没年月日:2011年10月5日(享年56歳)
出身地:アメリカ・カリフォルニア州サンフランシスコ

スティーブ・ジョブズの両親

スティーブ・ジョブズの父親はアブドゥルファター・ジャンダリといって、シリアからアメリカの大学院に留学し、政治学を専攻していました。母親はジョアン・シーブルといって、アメリカ人で父親と同じ大学の大学院生でした。

二人は交際し、ジョアンは妊娠しますが、アブドゥルファターがムスリムのシリア人であったため、ジョアンの父親が結婚に反対します。そのためスティーブ・ジョブズは、最初から養子に出される前提で生まれてきます。スティーブ・ジョブズは生まれてすぐ、ポール・ジョブズ、クララ・ジョブズ夫妻の元へ引き取られます。スティーブ・ジョブズの実の両親は、スティーブ・ジョブズを養子に出した後結婚します。

スティーブ・ジョブズの実の妹モナ・シンプソンが生まれますが、離婚します。スティーブ・ジョブズは、養母が亡くなった時、30歳過ぎに実母と再会します。その時、妹のモナとも初対面を果たします。画像がモナ・シンプソンです。しかし、スティーブ・ジョブズは実の父とは会いませんでした。父・アブドゥルファターも、成功した息子を遠くから見守るだけでした。また、スティーブ・ジョブズには養子に行った先に、血のつながりのない妹パティ・ジョブズがいます。

スティーブ・ジョブズの少年時代

1968年、スティーブ・ジョブズは13歳の時、ヒューレット・パッカード社のビル・ヒューレットの自宅の電話番号を電話帳で自ら見つけ出し、電話をかけます。スティーブ・ジョブズは「周波数カウンタの部品をください」と伝えたます。ビル・ヒューレットは部品をくれただけでなく、スティーブ・ジョブズにアルバイトを紹介します。スティーブ・ジョブズは夏休みに、ヒューレット・パッカード社の周波数カウンタの部品を作る支店でアルバイトすることになります。

1971年、高校生になったスティーブ・ジョブズは、ヒューレット・パッカードの夏季インターンシップで働いていた時、のちにアップル社の共同創業者となるスティーブ・ウォズニアックと出会います。スティーブ・ジョブズは、ウォズニアックと共に、長距離電話を無料でかけられるようになる不正な装置「ブルー・ボックス」を作り上げます。

ウォズニアックは長距離電話をかけまくり、満足します。しかし、スティーブ・ジョブズは、ウォズニアックが当時通っていたカリフォルニア大学バークレー校の寮で、ブルー・ボックスを勝手に販売します。とても儲かりますが、商談に拳銃を向けられることがあり、危険を察して止めました。こちらの画像が、当時二人が作ったブルー・ボックスです。カリフォルニアのコンピュータ歴史博物館に展示されています。

大学は?スティーブ・ジョブズの学歴

1972年、スティーブ・ジョブズは、オレゴン州のリード大学へ進学します。スティーブ・ジョブズは大学時代に、ユダヤ・キリスト・イスラム・アニミズム・太陽神・思想・坐禅・食事・ヒッピー文化など、様々な宗教に興味を持ちます。大学内を裸足で歩いてたり、お風呂に入らない期間があったりしました。また、スティーブ・ジョブズは、ビートルズやグレイトフル・デッドなどの音楽も好きでした。

しかし、大学入学から半年後、スティーブ・ジョブズは自ら退学します。理由は、興味のない必修科目の授業を受けたくなかったからでした。両親が一生懸命貯めたお金を、無駄に使いたくないという思いがあったそうです。中退後も、スティーブ・ジョブズはリード大学内にとどまります。コーラの空き瓶拾いや心理学科の電子装置修理などで稼ぎながら、こっそり興味のある講義を受けたりして、結局18ヶ月、リード大学で過ごしました。

アップル社創業からのスティーブ・ジョブズの経歴

「Apple I」を開発し発売

1975年、スティーブ・ジョブズはスティーブ・ウォズニアックと共に、「Apple I」を開発します。1976年、「Apple I」を販売します。

アップルコンピュータを設立

「Apple I」の利益で、スティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックとマイク・マークラで「アップルコンピュータ」を設立します。最初「アップルコンピュータ」は、スティーブ・ジョブズの実家で創業します。

「Apple II」を開発・販売

1977年、「Apple II」を開発・販売し、ヒット商品となります。「Apple II」の開発は、ほぼスティーブ・ウォズニアックの独力だったそうです。

「Lisa」プロジェクト

1978年、「Lisa」の開発を始めます。しかし、スティーブ・ジョブズは、横暴な態度が原因で、1981年に「Lisa」のプロジェクトメンバーから外されます。

「Macintosh」を発売

「Lisa」のプロジェクトから外されたスティーブ・ジョブズは、1979年からジェフラスキンが開発に乗り出していた「Macintosh」のチームに参加します。1984年に「Macintosh」が発売されます。

アップルコンピュータ解任とNeXT社設立

1984年後半に、Macintoshの需要予測を大幅に見誤ったとして、スティーブ・ジョブズはアップルコンピュータでの仕事を解任されます。仕事が出来なくなったスティーブ・ジョブズは、自ら辞表を提出し、NeXT社設立へと動き出します。

スティーブ・ジョブズとピクサー

1986年、ジョージルーカスのコンピューター関連部門を買収し、ピクサーを設立します。その後1995年に「トイ・ストーリー」が大ヒットし、ピクサーは株式上場します。

アップル社復帰

1996年、アップルコンピュータがNeXT社を買収し、スティーブ・ジョブズはアップルの非常勤顧問として復帰します。その後、1998年に「iMac」を発売します。「iMac」は大ヒットし、低迷していたアップルの復活に貢献します。「iMac」は海外でも人気となります。

「iTunes」「iPod」「Mac OS X」を発売

2000年に正式にアップルのCEOに就任したスティーブ・ジョブズは、2001年に「iTunes」「iPod」「Mac OS X」を発売します。これらもアメリカのみならず、海外で大ヒットします。

「iPhone」を発売

2007年、スティーブ・ジョブズは「iPhone」発売を発表します。「iPhone」発売で、アップルの携帯電話事業は飛躍的な成長を遂げます。「iPhone」は現在もアメリカ・海外において、沢山の需要があります。

「iPad」を発売

2010年には、iPadを発売します。病気のため年々痩せていくスティーブ・ジョブズでしたが、最後までアップルに貢献し続けました。

壮絶な闘病生活!スティーブ・ジョブズの病気・死因は膵臓がん

スティーブ・ジョブズの病気・死因となった膵臓がんとは?

スティーブ・ジョブズは、2003年に膵臓がんと診断されます。その後、どのような闘病生活を送っていたのか、まとめていきたいと思います。膵臓がんは、初期症状があまり出ないため見つけにくいそうです。スティーブ・ジョブズも、腎結石の検査の時に発見されたそうです。症状があったとしても、胃や背中の辺りが重苦しい違和感がある、お腹の調子が悪い、食欲不振、体重減少などで、見逃されやすいです。さらに重くなると、黄疸なども見られます。

膵臓には2つの役割があります。1つは食物の消化を助ける膵液の外分泌の産生で、もう1つはインスリンやグルカゴンなど血糖値の調節に必要な内分泌のホルモンの産生です。膵液は膵管によって運ばれて主膵管という管に集まります。肝臓から膵頭部の中に入ってくる総胆管と合流した後に、十二指腸乳頭へ流れていきます。

膵臓のがんのうち90%以上は、膵管の細胞にできると言われています。 これを膵管がんといいます。膵臓がんは主にこの膵管がんのことを指すそうです。膵臓は洋ナシのような形をしています。膵管というのは細長い膵臓を貫いて網の目のように走る細い管のことです。 手術するときは、がんの位置や広がりによって、どこを切除するかが決められると言います。

死因に至ってしまった膵臓がんとの闘病

2003年にその後死因となってしまう膵臓がんが発見されたスティーブ・ジョブズは、当時東洋文化に熱心だったため、西洋医学を否定し、菜食主義となり、ハリ治療、ハーブ療法、光療法などあらゆる民間療法を試します。

しかし、9か月後の再検査で膵臓がんが大きくなっていることがわかり、スティーブ・ジョブズは慌てて手術を受けます。その後仕事に復帰したスティーブ・ジョブズは、2005年6月12日に、スタンフォード大学の卒業式でスピーチを行います。スティーブ・ジョブズの感動的なスピーチは、当時話題となり、現在も語り継がれています。

2008年6月9日の第二世代iPhone(3G)の発表セレモニーに参加したスティーブ・ジョブズは、痩せ細った姿を見せマスコミに健康問題を取り上げられます。表向きを重病説を否定したスティーブ・ジョブズでしたが、実際はがんが肝臓に転移し、深刻な状態でした。2009年3月に肝臓移植を受け、一時は体調が回復しますが、膵臓がんが再発し、2011年1月18日にCEOを休職します。しかし、そのまま8月にCEOを辞任することになり、取締役会長に就任します。

あらゆる高度な治療と受けたものの、2011年10月5日、スティーブ・ジョブズは帰らぬ人となります。死因は、膵臓がんの転移による呼吸停止でした。

スティーブ・ジョブズの病気と死因【まとめ】

アップルの共同創業者としてパソコンの一時代を築いたスティーブ・ジョブズ。アップルから離れていた時期も、ピクサーのヒット作に携わります。アップルに復帰した後も、数々のヒット商品に携わり、大きな功績を残したスティーブ・ジョブズは、本当に素晴らしい人ですね。

スティーブ・ジョブズの関連記事はコチラ

Thumbスティーブ・ジョブズの名言集!スタンフォード大学での名台詞も!【英語有】
Thumbスティーブ・ジョブズの最後の言葉、Facebookは嘘だった?真実に迫る
Thumbスティーブ・ジョブズのスピーチまとめ!動画/和訳・英語版有【スタンフォード】
Thumbスティーブ・ジョブズから学ぶプレゼン術(動画有)おすすめのプレゼン本も紹介!

こちらの関連記事もおすすめ

アクセスランキング

2019-11-17 時点

新着一覧