とんねるずが事務所を独立できたワケ。アライバル設立までを振り返る!

とんねるずといえば80年代から活躍されて、現在では個人事務所を立ち上げて順調に芸能活動をされていますよね。しかし、とんねるずはなぜ元事務所から独立をしてもこれだけ活躍できているのでしょう?とんねるずの個人事務所設立について調べていくことにしましょう。

とんねるずが事務所を独立できたワケ。アライバル設立までを振り返る!

目次

  1. とんねるずとは?
  2. とんねるずの最初の事務所
  3. とんねるずが暴れた時代
  4. とんねるずが事務所を設立できた理由
  5. まとめ:とんねるずはこれからもマイペースで番組作りをしていく

とんねるずとは?

もう現代の若者にとってとんねるずというのは、おっさんというイメージしかないかもしれませんが、若手の頃のとんねるずはすごいおもしろかったんですよ。ほかのお笑い芸人みたいに芸人同士でつるんでいるところはほとんどみなかったですね。逆にお笑い芸人とアイドルとかそこに絡みに行くの?!というような人達と絡んでいました。

木梨憲武プロフィール

名前   木梨憲武 生年月日 1962年3月9日 血液型  O型 お笑い方面だけではなく、芸術の方にも才能がありたまに個展を開いたりもされています。

石橋貴明プロフィール

名前   石橋貴明 生年月日 1961年10月22日 血液型  A型 現在ではすっかり性格も丸くなったせいなのか、番組で暴れることは少なくなりましたが、一度暴れると手がつけられなくなる人でもあります。

とんねるずの最初の事務所

とんねるずが芸能界に入ったきっかけは、高校時代の同級生だった石橋貴明と木梨憲武が素人参加番組「お笑いスター誕生!」でグランプリを獲得し、石橋貴明が木梨憲武に「プロになろうと思うんだけどどう思う?」と聞いたところ、「貴明がいいなら俺はついていくよ」と快諾し、とんねるずが結成されました。

最初の事務所は「オフィスAtoZ」

とんねるずが最初に所属した事務所は「オフィスAtoZ」でした。この事務所を調べてみると、とんねるず以外あまり知らない人たちばかりで、現在ではまったくタレントも所属しておらず、版権管理などの仕事をしているようです。

お笑い芸人ってよく漫才とかコント番組をメインに活動していたとも思うんですが、とんねるずはちょっと違っていて、男女アイドルと共演することが多かったのです。おニャン子クラブもそうですが、工藤静香やチェッカーズなどもとんねるずの番組で共演されています。

とんねるずが暴れた時代

とんねるずが若手だった頃はとにかく暴れまわっていました。年齢が若かったからということもありますが、現代と違って攻めた番組を作っていましたね。視聴者はとんねるずが暴れまわっているのを腹を抱えて笑っていたものです。

木梨憲武が死亡?!

「とんねるずのみなさんのおかげです」で、木梨憲武が死亡してしまったという悪ノリコントが放送されました。菊の花が大量にあり、番組でもかなり神妙にしていたため、本当に木梨憲武は死んでしまったと信じる人もいたそうです。しかし、途中で木梨憲武も出てくるのでドッキリだったと視聴者は気付かされるのですが、さすがに悪ノリしすぎで抗議の電話が殺到したそうです。

テレビをぶっ壊す

とんねるずの伝説といえば、このテレビをぶっ倒したことがまず挙げられることが多いですね。このテレビカメラは使うことができなくなり、当時1600万円を壊してしまいました。しかも保険で修理を依頼するときに壊した原因を書いたのですが「石橋貴明の悪ふざけ」と書いたせいで保険が下りなかったという話もあります。

コントキャラも若者に大ウケ!

「とんねるずのみなさんのおかげです」はほとんどコントで作られており、とんねるずの二人が何かしらのキャラクターを演じていましたが、石橋貴明というと、保毛尾田保毛男だとか、ダーイシ、宜保タカ子などいろんな名物キャラクターを生み出していました。

仮面ノリダーは子供の人気者!

木梨憲武が演じたキャラクターの中で爆発的に人気だったのは仮面ライダーのパロディで仮面ノリダーが大人気でした!本編のように火薬たっぷりのダイナマイトを爆発されたりかなり制作費用が掛かっていたことがわかります。

CDがかなり売れている!

とんねるずといえば、二人でも出していますが、ユニットを組んだ時もかなりCDの売り上げがありました。この野猿というユニットは有名タレントはとんねるずだけで、あとは裏方作業をしている人たちで結成されたユニットだったのです。今では考えられませんよね。

あのDJOZMAともユニットを組んで、矢島美容室もヒットさせていました。二人とも歌が上手いので聞いているのも楽しいんですよね。CDも出していましたが、この3人の物語を作った映画も制作されていたのも記憶にあります。

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とんねるずが事務所を設立できた理由

とんねるずの二人は、34歳あたりの時に事務所を退社し、独立してアライバルという個人事務所を立ち上げました。事務所から独立した当初はとあるプロデューサーと衝突してしまい、テレビ界から干されてしまいました。

テレビから干されて下積み時代に突入したとんねるず

プロデューサーに嫌われてしまうと、番組に起用されにくくなります。やはり番組作りをする時に仲のいい人たちで作りたいという気持ちがあるからこそなんでしょうね。半年ほどはテレビ界から干された状態でした。

しばらく仕事がない期間が続いたとんねるず

干されていたものの、デパートの屋上やスーパーの屋上での営業が食べていくことには困らない程度の給料がもらえていたそうで、そこまで極貧生活を送ってはいなかったようです。とんねるずがあまり焦っていなかったのは、すでに番組のレギュラーが決まっていたからなんです。この頃に秋元康に出会い、自分たちの楽曲を作ってもらったりしています。

個人事務所を設立したとんねるず

事務所アライバルを設立したとんねるず。代表取締役になっているのは石橋貴明で、独立の相談をした時も木梨憲武は「貴明がそう思うなら俺いいよ」とここでも素直にいうことを聞いているんです。木梨憲武が石橋貴明に絶対の信頼をおいているからこそ言える言葉ですよね。

とんねるずに味方についたのが大物だった

なぜ、前の事務所ともめることなくアライバルを設立できたのかは、アライバルのバックについている事務所が問題でした。とんねるずはイザワオフィスを味方につけたのです。このイザワオフィスは代表的なタレントで言うとドリフターズが所属している事務所で、業界でも力を持っている事務所です。だからこそあまり揉めずにスムーズにアライバルを設立できたのでしょう。

とんねるずが取り仕切る個人事務所

現在も事務所を取り仕切っているとんねるずの二人ですが、今後どうなっていくんでしょう?

まとめ:とんねるずはこれからもマイペースで番組作りをしていく

いかがでしたでしょうか?タレントが一から事務所を作ろうとすると大変なことですが、とんねるずは現在大物になっている人物と仲が良くなったりしているので運が良かったんでしょうね。だからこそあれだけとんねるずが売れたのです。これからも面白い番組作りをしていってほしいものです。

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