山本五十六の名言は子孫に伝えるべき!映画や本/教育にも使えます!

これまで多くの映画、本の題材にされた山本五十六。映画、本、ニュースなどのメディアで話題になることも多い、教育の観点からも子孫に残すべき山本五十六の名言をまとめました。ニュースや学校教育では扱われにくいものの子孫には伝えたい名言の真実にも迫ります。

山本五十六の名言は子孫に伝えるべき!映画や本/教育にも使えます!

目次

  1. 山本五十六の生涯と、その間生まれた名言をまとめてみた!
  2. 山本五十六の生涯
  3. 山本五十六の名言①
  4. 山本五十六の名言②
  5. 山本五十六の名言③
  6. 山本五十六の名言④
  7. 山本五十六の名言⑤
  8. 山本五十六の名言⑥
  9. 山本五十六の名言⑦
  10. 山本五十六の名言⑧
  11. 山本五十六の名言⑨
  12. 山本五十六の名言⑩
  13. 山本五十六の思想と価値観

山本五十六の生涯と、その間生まれた名言をまとめてみた!

最近でも映画の題材になりニュースとなる山本五十六。思わず子孫に残したくなる山本五十六の名言をまとめました。名言には、山本五十六の意外な一面を表すものもあ楽しめます。また、名言にをより楽しむために、まず山本五十六の生涯についてご覧ください。

山本五十六の生涯

1884年(明治17年)に、新潟県古志郡(旧越後長岡)の藩士である高野貞吉の六男として生まれます。五十六という名前は当時の父親の年齢にちなんでいます。なんと、母親も45歳と高齢での出産でした。五十六という名前の由来は、意外に知られていない事実です。

山本五十六が軍人になったきっかけ

五十六は海軍兵学校に入学しますが、叔父の野村貞の影響やと、兵学校を目指したものの無念にも病死した高野力の影響があると言われています。山本五十六の軍人としてのルーツは、幼少期に既にあったようです。

初出兵した山本五十六

1905年(明治38年)、21歳の少尉候補生の時に、装甲巡洋艦の組員として日本海海戦に参加します。この際、左手の人差指と中指を失い、左太ももに重傷を負うなどの戦傷を受けます。

1909年(明治42年)、25歳でアメリカに駐在し、1911年(明治44年)に27歳で海軍兵学校を卒業します。その後、海軍砲術学校と海軍経理学校の教官になります。

山本家を相続

1913年(大正2年)、29歳で両親が死去し、その年には、海軍大学校に入学、1916年の卒業まで在学します。在学中には、旧長岡藩家老の家柄である山本家を相続しています。

山本五十六の結婚

1917年(大正6年)には、腸チフスで生死の瀬戸際に立たされるものの、大手術の末に回復し、故郷長岡で1年間休養します。復帰後には海軍教育本部に勤務し、知人の紹介でお見合いした三橋礼子に惚れ、結婚しします。

1929年(昭和4年)、46歳で海軍少将に進級します。ロンドン軍縮会議に次席随員として参加したものの、軍縮案に強硬に反対しました。結局、海軍軍縮は採択されますが、海軍での山本五十六の支持は高まりました。

山本五十六が連合艦隊指令長官に就任

1939年(昭和14年)には、第26代連合艦隊司令長官に就任します。本人の意思に反する人事であり、山本五十六自身は、日米開戦を回避することに尽力したいと考えていました。また、三国同盟の締結などを背景に、アメリカとの溝が深まり開戦が避けられない状況下では、作戦成功に尽力しました。

ガダルカナル島の戦い

アメリカ海軍情報局は、旗艦「武蔵」の暗号電文を解読して山本五十六の前線視察を知り、襲撃・撃墜を画策しました。(海軍甲事件)と呼称された。この事件により、五十六は59歳で亡くなりました。

山本五十六への評価

終戦後、連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーによれば、山本五十六は「連合国との戦争に反対し、やむ無く開戦した後は真珠湾攻撃で大成功をおさめた。日本海軍の戦略的頭脳とアメリカでは認識されていた」と評価しています。

山本五十六の名言①

「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。」

本、ニュース、映画なとで必ずといってもいい程取り上げられる、子孫に残したいと思う山本五十六の名言です。優れた教育者、指導者としての山本五十六の根幹とも言えます。

山本五十六の名言②

「苦しいこともあるだろう。言いたいこともあるだろう。不満なこともあるだろう。腹の立つこともあるだろう。泣きたいこともあるだろう。これらをじっとこらえてゆくのが、男の修行である。」

この「男の修行」も、子孫に受け継ぎたい名言のひとつです。経営者や指導者が座右の銘としたくなる指導者、教育者として才を示した山本五十六らしい言葉です。

山本五十六の名言③

「唯あんな(日独伊三国)同盟を作って有頂天になった連中がいざと云う時自主的に何処迄頑張り得るものか問題と存じ候。当方重要人事異動の匂いあり唯中央改善と艦隊強化も得失に迷いあり候」

三国同盟に警鐘を鳴らした、山本五十六の視野の広さと冷静さが現れた名言です。

山本五十六の名言④

「私欲を挟まない。科学的数学的でなければならない。冷静に観察し、計測すれば必ず勝つ機会が判る。」

モナコのカジノで、あまりに勝ちすぎるあまり、協会から出入り禁止にされたという博打好きで勝負強い山本五十六の名言です。このような意外な一面も、聡明な頭脳に裏付けられたものであり、本や映画などで描かれています。

山本五十六の名言⑤

「君の様な唯物的考えは、今時流行るのかも知れぬが、それでは海軍の軍人として、マサカの時に役に立たぬぞ」

1927年(昭和2年)の美保関事件で、軽巡洋艦である神通の艦長である水城圭次が自決したことを受けて、駐米武官の伊藤整一が「死んでは意味がない」と言った際の一言です。教育者としてではなく、軍人としての覚悟が垣間見れます。

山本五十六の名言⑥

「百年兵を養うは唯平和の為なり」

最後まで軍部の暴走、太平洋戦争に反対した山本五十六らしい名言です。この言葉は、映画のタイトルにもなっており、本やニュースなどでも目にされた方は多いのではないでしょうか。

山本五十六の名言は、映画のタイトルにもなっている!

山本五十六の映画は数々あり、最近でも良くニュースになっていますが、三船敏郎主演のこの映画が、その先駆けではないでしょうか。名言と合わせて子孫に継ぎたい、教育、示唆に富む映画です。

山本五十六の名言⑦

「今どきの若者はしょうがない、年長者に対して礼儀を知らぬ、いったい日本はどうなるのだ、などと言われたものだ。その若者が、こうして年を取ったまでだ。だから、実年者は若者が何をしたか、などと言うな。何ができるか、とその可能性を発見してやってくれ。」

教育者としても若手に慕われてた理由が分かる名言の一つです。

山本五十六の名言⑧

「中才は肩書によって現はれ、大才は肩書を邪魔にし、小才は肩書を汚す。」

山本五十六にまつわる本にもよく記載がある名言のひとつです。日本の多くの才能を見いだした、子孫に受け継ぎたい山本五十六の眼力を表した言葉と言えます。

山本五十六の名言⑨

「それは是非やれと言われれば初め半年や1年の間は随分暴れてご覧に入れる。然しながら、2年3年となれば全く確信は持てぬ。三国条約が出来たのは致方ないが、かくなりし上は日米戦争を回避する様極極力御努力願ひたい」

日米開戦当時の総理大臣であった近衛文麿に日米戦争の見込みを聞かれた際の一言です。最後まで、太平洋戦争に反対していた山本五十六らしい、こちらも子孫に是非残したい名言です。

山本五十六の関連する映画が話題に!

ニュースなどでも話題になった役所広司主演の映画「聯合艦隊司令長官 山本五十六〜太平洋戦争70年目の真実」は正にこの名言が生まれた当時の真珠湾、ミッドウェー海戦、そして非業の死までを描いた映画です。ニュースをはじめ、ネット、ラジオ、あらゆるメディアで注目されました。

ちなみに、このような山本五十六の人物像はニュースや本、映画で取り上げられていますが、このように比較的に詳細が明らかになったのは、山本五十六の親友、堀悌吉が保管していた多くの書簡によるものです。

山本五十六の名言⑩

「面倒臭いこと(軍縮条約締結)をやって貰って神様になったのだから、拝めば何か御利益があるだろうよ」

三国同盟のこともあり、東郷平八郎元帥に対しては、自身の同志たちを海軍から追放したこともあり否定的でした。そんな中で、当時の日本は同盟に浮かれていたこともあり、東郷神社が建立された際の一言です。

ニュース、本などでも一部記述がありますが、実は山本五十六についても、山本神社を建立する動きがありました。しかし、この名言にあるような山本五十六の生前の性格を部下が鑑みて、却下されました。

山本五十六の思想と価値観

山本五十六は、20代からアメリカ留学、駐在などを経験し、当時の日本では珍しい世界と渡り合える、世界を知る軍人でした。その資質は、軍略よりも軍政にあったとされ、各国との関係強化、連携への功績が大きいことも知られています。

博打にめっぽう強く、ポーカーやブリッジに興じ、モナコでカジノを出禁になるなど、意外で面白いエピソードも多くある山本五十六。小さい頃に、友達との意地の張り合いから鉛筆を食べるほどの負けず嫌いも有名です。

これらの人間味に溢れるエピソードも人々を惹き付け、また現代にも受け継がれる名言を数多く残しました。太平洋戦争に警鐘を鳴らした数少ない一人である山本五十六の先見性、教育者指導者としての思想からは学ぶところが多いです。

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