篠原慎平(巨人軍投手)の不祥事の内容!高校中退と暴力事件の真相とは?

かつて高校時代に不祥事問題に巻き込まれたスポーツ選手の篠原慎平。そんな篠原慎平が先日あの巨人で支配下登録されました。投手として大きな手術を乗り越えた篠原慎平が過去にあった不祥事での中退の原因だと言われる、暴力事件について解説します。

篠原慎平(巨人軍投手)の不祥事の内容!高校中退と暴力事件の真相とは?

目次

  1. 読売巨人の篠原慎平が不祥事を起こしていた?
  2. 不祥事に関わったと言われる篠原慎平の経歴
  3. 篠原慎平は徐々にプロに注目される
  4. 篠原慎平が巻き込まれた不祥事とはなんだったのか
  5. 篠原慎平は不祥事に巻き込まれて退学を決意する
  6. 篠原慎平は過去の不祥事を乗り越え巨人に入団
  7. 篠原慎平はかつての不祥事問題を乗り越えてついに支配下登録
  8. 読売ジャイアンツにまつわる不祥事
  9. 不祥事を乗り越えた篠原慎平にファンの反応は
  10. 過去の不祥事を乗り越えたメンタルで篠原慎平は一軍で通用する

読売巨人の篠原慎平が不祥事を起こしていた?

伝統ある野球チーム読売ジャイアンツ。スポーツ界でも人気の高いチームなのですが、昨今は不祥事が多く報道されている状況です。そんな中、またもや巨人の選手である篠原慎平が不祥事を起こしていたというニュースが入ってきました。

篠原慎平は1990年6月13生まれの26歳です。生まれは愛媛県四国中央市出身です。巨人に所属する右投げ左打ちのピッチャーです。2014年にドラフト会議で巨人に育成1位で指名されて入団した篠原慎平なのですが、どのような不祥事に関わったのでしょうか。

不祥事に関わったと言われる篠原慎平の経歴

篠原慎平が野球を初めたのは小学2年生のときでした。軟式野球を初めて、中学では川之江ボーイズに所属し、愛媛県立川之江高等学校に入学し二年生の夏に県大会で4強入を経験しています。実は、このときにある不祥事に巻き込まれています。

その後、独立リーグの四国・九州アイランドリーグの愛媛マンダリンパイレーツに2008年に入団しています。入団後は一年目から公式戦に出場しています。独立リーグで活動しながら、篠原慎平はこのころ通信制過程の学校にかよっています。なぜ高校に通っていた篠原慎平が中退し通信制過程に通っているのかは、後ほど不祥事と合わせて説明します。

独立リーグ一年目は19試合で64.1回を投げて4勝3敗で防御率は3.36というなかなかの成績を残しています。しかし、シーズン終了後の12月に期間満了で選手契約を解除されています。その後は練習生扱いになり、篠原慎平は野球選手自体を引退することも考えていたようです。しかし同じスポーツ選手仲間から、現役を続けることを説得されたそうです。

現役続行を決めた篠原慎平でしたが、二年目は思ったような結果を残せませんでした。しかし、三年目では阪神タイガースの二軍との交流試合で登板し3回を二安打無失点の好投に抑えます。また、福岡ソフトバンクホークスでも好投し、プロ野球チームから篠原慎平は注目されるようになります。次第に、プロ野球チームのスカウトも視察に訪れるようになったそうです。

篠原慎平は徐々にプロに注目される

投手としてプロに注目され初めた中で、篠原慎平はスポーツ選手にとってつらい怪我の手術に踏み切ります。この手術の回復がなかなか思ったようにいかず、なんと2年間も公式戦に出場することはありませんでした。そのため、2012年には自由契約選手となり、2012年のシーズン終了後に愛媛のチームを退団しました。

しかし、かつて引退を考えた篠原慎平で今回は自身で現役続行を続けたいという気持ちが強く香川オリーブガイナーズに練習生として入団することになります。2013年には支配下登録されたものの、思った成績は残せませんでした。しかし、篠原慎平に2014年に抑えとして起用されると好成績を残すことができました。

この篠原慎平の抑えでの活躍は、怪我をして手術して以降、かばっていた肩を気にしすぎていたことを振り切らせるという首脳陣の考えがあったようです。その狙いが的中し、2014年は抑えとして6勝5敗10セーブ、防御率3.03という好成績でした。これに最注目したスカウトが篠原慎平に声をかけることになります。

篠原慎平が巻き込まれた不祥事とはなんだったのか

スポーツ選手として、プロ野球チームへの入団が見えてきた篠原慎平。実は、篠原慎平の不祥事は高校時代に遡ります。不祥事が起きたのは2007年10月。篠原慎平の所属する野球部で暴力行為があったことが発覚したのです。スポーツにおいて、上下関係においての暴力問題は現在も無くなっていないのです。

この暴力事件は、2年生が1年生に対して行ったものだったそうです。暴力をした理由は、練習のミス、上級生の指導に従わないなどという理由だったそうです。実際の暴力の内容は、下級生に対して顔を平手で殴ったり、腹を蹴ったり、水をかけるといったひどい内容だったそうです。

このことにより篠原慎平の高校は、日本学生野球協会から、対外試合禁止6ヶ月の処分を受けることになります。高校生にとって6ヶ月間も対外試合を行えないことはかなり大きなつまづきとなります。そのため、当時の川之江高校野球部の部員の多くが退部や、学校自体を退学したと言われています。

篠原慎平は不祥事に巻き込まれて退学を決意する

篠原慎平はこの不祥事が起きたときは、高校二年生でした。暴力事件に篠原慎平が関わっていたのかは結局不明です。結果的に篠原慎平は高校を退学することを選んだことを考えると、不祥事との関係は0とはいえないかもしれません。本当に野球がしたくて退学したのか、それとも不祥事に関わったから退学したのかは不明です。

この時期は名門PL学園でも暴力事件が暴露されるなど、高校野球の世界で問題となった時期です。スポーツの世界では外から見えない部分でこういった問題が長年続いており、PL学園もいまだに先輩後輩の間では、厳しい上下関係があるとされていますね。

篠原慎平は過去の不祥事を乗り越え巨人に入団

不祥事によって、野球人生を狂わされた篠原慎平ですが2014年のプロ野球ドラフト会議で、読売ジャイアンツから育成選手枠1位で指名を受けたのです。育成選手というのは、プロ野球選手の最低契約年俸にしばられない予備枠のようなもので、かなりプロの選手とは立場が違います。

一番の違いは、育成選手は1軍の試合には出れません。そのため、2軍戦などで結果を残して支配下登録される必要があります。篠原慎平も2016年に2軍で16試合に登板し、2勝0敗1セーブの防御率1.71という好成績を残したのです。また台湾で開催されたアジア・ウィンター・リーグで奪三振王に輝くなど、非常に好調を維持しました。

篠原慎平はかつての不祥事問題を乗り越えてついに支配下登録

この好調を見た首脳陣は篠原慎平を支配下登録することを検討し始めたようです。もう少しで篠原慎平もプロ野球の仲間入りができる。おそらく篠原慎平にはそういった気持ちが溢れていたことでしょう。

2017年オープン戦で2試合無失点、イースタン・リーグでも開幕から9試合無失点などの好投で、ついに首脳陣は篠原慎平を支配下登録することを決めたのです。篠原慎平は4月16日に読売ジャイアンツの支配下選手に登録されたのです。背番号は92に決まりました。かつて高校を中退して苦労を経験した、篠原慎平の努力が実った瞬間でした。

読売ジャイアンツにまつわる不祥事

プロ野球の投手としてついに支配下選手に登録された篠原慎平ですが、巨人は近年不祥事に悩まされています。かつては都市伝説のように噂されていた巨人の不祥事ですが、最近ではもみ消すことが出来ず、あの原元監督も不祥事が明るみになったことが有りました。

現役時代は若大将と呼ばれ、巨人の四番打者を務めた原辰徳。解説者、指導者などを経て、巨人の監督になった原辰徳は新しい巨人軍の黄金時代を気づきました。しかし、そんな原辰徳も篠原慎平のように不祥事に見舞われています。原辰徳の不祥事とはどのようなものだったのでしょうか。

これは2012年に週刊文春によってスクープされたもので、問題が起きたのは1988年のことでした。1988年に妻が長男を出産したのですが、そのころ原辰徳は試合で遠征する関西に出来ていた愛人と不倫をしていたのです。この女性が当時つけていた日記を持っていると原辰徳を脅すことになるのです。この恐喝が実際に行われたのは2006年だったようです。

原辰徳はこの日記に、自分以外の2人の巨人の選手の名前があったことを知り、2006年にその二人が巨人のコーチをしていたことから、問題を警察に相談せず、裏で解決することを決断したのです。その恐喝額は1億円だったようで、原辰徳は知人に借金までしてこのお金を払ったそうなのです。

また2009年にこの恐喝してきた男と別の人間が、巨人軍にこのことを恐喝し原辰徳は球団から問いただされることになります。このことで、原辰徳は20年近く不倫を続けていることが発覚し、同時に不倫問題のために1億円を払っていたことが明るみになったのです。怖いのが、不倫相手の女性は謎の失踪、恐喝を行った二人組のうち1人は事故死していることですね…。

不祥事を乗り越えた篠原慎平にファンの反応は

過去の問題は問題として、現在の篠原慎平の評価はどのようになっているのでしょうか。高校を中退しながらも巨人に支配下登録されたことは評価されているのでしょうか。

まずは篠原慎平本人のツイートです。このつぶやきから過去の中退や、怪我の手術などの苦労をうかがい知ることが出来ます。過去の経験を見ていると、何度もプロを引退しようとしたことがあった中で、心を折らずにやってきた努力は本物だと思います。

投手として大きな怪我を乗り越えたのは中退以上に素晴らしかったかもしれませんね。スポーツ選手で肩の手術をして、復帰できなかった選手は非常に多いです。26歳というまだまだ成長できる年齢だけに、活躍を期待したくなる選手です。

憧れの投手は、元福岡ソフトバンクホークスの斉藤和巳。斉藤和巳は篠原慎平と同じ怪我を手術して、結果的に復帰できなかった投手です。それだけに、篠原慎平には憧れだった斉藤和巳を超える選手を目指して欲しいものです。

現在、巨人は後ろの投手が不安定な部分もあり、篠原慎平が起用される可能性が非常に高いです。何より育成から這い上がってきたメンタルは、充分に一軍で通用するものだと思います。

過去の不祥事を乗り越えたメンタルで篠原慎平は一軍で通用する

中退の経験で少し遠回りになったかもしれませんが、それだけに他の選手にはないメンタルの強さがあるはずです。その能力を発揮して活躍してほしいですね。もしかしたら、早ければ4月や5月には1軍の試合で登板を見れるかもしれませんよ!

こちらの関連記事もおすすめ

アクセスランキング

2018-12-12 時点

新着一覧