道路族の問題とはなに?迷惑な道路遊び子供や親の撃退・対策方法

道路族なる言葉を耳にしたことがあるでしょうか?ここ数年で一気に注目されるキーワードとなったのが道路族という言葉です。最近ではマスメディアでも取り上げられました。今回は、道路族とは何か、また道路族の撃退や対策の方法を具体的に紹介します。

道路族の問題とはなに?迷惑な道路遊び子供や親の撃退・対策方法

目次

  1. 注目のキーワード「道路族」
  2. 道路族ってなに?
  3. 道路族の問題
  4. 道路族マップ
  5. 道路族トラブルの事例
  6. 道路族の撃退・対策方法その1「防犯カメラの設置」
  7. 道路族の撃退・対策方法その2「学校へ電話で苦情」
  8. 道路族の撃退・対策方法その3「自治会への相談」
  9. 道路族の撃退・対策方法その4「専門家への相談」
  10. 互恵の念

注目のキーワード「道路族」

ここ数年で、急上昇し、注目されている道路族という言葉ですが、道路族と聞いて、どんなことをイメージしますか?

ひと昔前の道路族といえば、自民党に属する建設等の公共事業に影響力の強い国会議員のことを指しました。しかし、現在の道路族はもっとわたしたちの生活に身近に存在する迷惑者を指す言葉となっています。今回は、そんな道路族にまつわる問題や迷惑行為に対する撃退・対策方法を紹介します。

道路族ってなに?

道路族という言葉が世の中に浮上したきっかけはインターネットです。その多くが、お悩み掲示板などで被害相談を訴え、撃退や対策を望むものでした。道路族の被害を訴えたブログも数多く存在します。では、道路族とはいったいどう意味なのでしょうか。それは、住宅街の道路で大騒ぎして遊ぶ子供たちとその親のことを指します。

具体的には、車の往来が比較的少ない道路で、サッカーやキックボードなどをして遊ぶ子供たちと、そうした自分の子どもを注意もせずに、親同士で延々と井戸端会議を続ける母親たちに対して、迷惑者という意味を込めて道路族と呼ぶようになりました。

このような光景は昔からありましたが、道路族という名が付けられ、ひとつのカテゴリーに分類されることによって一気に問題が表面化し、TVでもこの問題が放送されました。でも、こうした道路族の何が問題なのでしょうか。

道路族の問題

子供の声

道路族の問題点はいくつかあります。1つは、道路で遊ぶ子供たちの声です。もちろん、子供たちは一日中同じ場所で遊んでいるわけではないのですが、たいてい遊ぶ場所は決まっていて、遊びが始まるとその付近の住人が、子供たちが騒ぎ遊ぶその声に悩まされているということです。

ブログのなかには、こうした子供たちを「うるさい猿ども」や「オスのガキンチョ5匹」などと揶揄し、迷惑行為としてその被害を訴えるものもあります。しかし、この迷惑とされる子供たちのそうした声は許容されないのでしょうか。

人それぞれによってライフスタルは違います。ある人は在宅で仕事をし、ある人は夜勤明けで日中眠り、またある人は病気で休んでいるかもしれません。本当にその状況はさまざまです。そう考えると、ある人にはそうした子供の声が許容できたとしても、別のあるの人にとっては許容範囲を超える声になるということです。

私有地への侵入

子供たちが道路でボール遊びをしていると、あらぬ方向へボールが飛んでいきます。そうしたボールは時として他人の家の敷地へと消えていき、子供たちは当然そのボールの行方を追って他人の敷地へ入っていくわけです。これがもう1つの迷惑行為となっています。

たしかに子供たちは何の悪気もなく、ただ自分たちのボールを拾いたいだけです。しかし、当の住人してみれば他人の敷地に断りもなく勝手に入ってくるな!という気持ちになります。厳格にいえば、不法侵入です。りっぱな犯罪を構成します。もちろん子供たちを罰することはできませんが。

井戸端会議の母親たち

そして、もっとも非難の対象は、こうした子供たちの迷惑行為を注意しない母親(ときには父親)に向けられます。つまり躾をできない母親として批判されます。遊ぶ子供たちをよそに母親たちは注意もせずにおしゃべりしています。いわゆる井戸端会議です。

ちなみに「井戸端会議」とは江戸時代に作られた言葉です。当時は一軒長屋の集合住宅で、水を供給する施設は共同設備の井戸のみです。そして水を汲みに来た主婦が井戸に数人集まると、水を汲むのを忘れて世間話が始まるという光景をからかってできました。

つまり、もう何百年も前から女性が数人集まると、そうした光景が生まれるということです。当時それを迷惑として町奉行所に訴えたかどうかはわかりませんが、現在は道路族と呼ばれ、迷惑行為の加害者として捉えられています。

道路族マップ

こうした道路族の迷惑行為は、たいてい同じような場所で発生しています。最近では「道路族マップ」なるものが存在します。それはグーグルが提供するマップです。

グーグルのマップで「道路族」と検索をするとこう記されます。『「あぶない」道路族マップ「うるさい」』の表記に続き、『道路・駐車場でこどもを遊ばせる愚鈍な親が生息するエリアを共有』と記載されています。

そして、その道路族マップを開くと、自分の住む付近のマップ上に赤いドットがいくつか点在しているのがわかります。このドットの場所がどうやらグーグルの言葉を借りると「道路族が生息する場所」のようです。

道路族トラブルの事例

では、こうした迷惑行為を解決する方法はなんでしょうか。真っ先に思い浮かぶのは、注意して止めさせることです。しかし、これは一筋縄ではいかないようです。それを顕著に物語る2つの事例を紹介します。

事例1・Aさんの場合

Aさんは、道路で数人親子が集まって遊んだり、夜は中学生や高校生が野球の練習をしていて迷惑を受けていたため警察に通報したそうです。しかし、それもで変わることなく1年くらい続いたのちに、高校生たちが花火を持って走ったりしていたので直接注意をしました。ところが、その後すぐにその親が「道路はみんなのものだから注意をするのはおかしい」と怒鳴り込んできたようです。率直に言って、理論が破綻しています。

事例2・Bさんの場合

Bさんは、普段から家の前で遊ぶ子供たちの騒ぐ声や平気で他人の敷地へ入り込んでかくれんぼをする行為、さらには花壇の中を走り回るのを見かねて注意をしました。この注意に至るまで7年が過ぎています。そうすると、その親は「うちはうるさいと思わない」「私は我慢できるから、あなたも我慢しろ」と返されたそうです。

挙句の果てには、Bさんが子供たちを注意する行為を、その親たちがビデオカメラで撮影するようになったので、Bさんは警察へ通報と弁護士へ相談をしたようです。どうやら、Bさんが子供に手をあげた場合の証拠保全が目的だったようです。

道路族の撃退・対策方法その1「防犯カメラの設置」

道路族の迷惑行為を止めさせるにしても、注意すれば、その親たちが逆切れして怒鳴り込んでくるなどでは全く解決の糸口はありません。ではトラブルを回避し、道路族の撃退・対策にはどんな方法があるのでしょうか。まずは、証拠の確保です。

警察の活動には、行政警察活動と司法警察活動の2つがあります。道路族への迷惑行為を警察に通報し、その原因の家へ警察が訪れたとしても注意や指導に留まります。これは行政警察活動の類です。原則、警察は民事不介入ですので、注意以上のことはできません。したがって迷惑行為が再発しても同じことの繰り返しです。

つまり、私的自治の原則から、近所同士のトラブルは相互の話し合いで解決しなさいよということです。結局警察は、司法警察活動の類にならないと積極的な活動はしません。そのため、防犯カメラを設置し、道路族の法に抵触する行為を撮影し、証拠を押さえ、警察に告訴を提出するということです。

道路族の撃退・対策方法その2「学校へ電話で苦情」

近所で道路族なる子供たちが遊んでいる場合、その付近には彼らが通う学校がありますから、その迷惑行為の苦情を電話で学校へ通報することです。その際は、匿名でしたほうがいいでしょう。実際に学校へ苦情を入れて、迷惑行為が納まったケースはあります。

道路族の撃退・対策方法その3「自治会への相談」

迷惑行為の被害者と加害者との当事者同士の話し合いではトラブルに発展するケースが多いので、第三者の仲介が必要です。地域の自治会がしっかりと機能しているのであれば、仲介あるいは相談を持ち掛けるのも有効な手段です。

道路族の撃退・対策方法その4「専門家への相談」

道路族の迷惑行為によって、ストレスがたまりうつ病になったケースもあります。そうした方の多くは、注意するのが怖く、何年も耐え忍んだ結果にそうした症状を罹患します。そうなる前に、やはりトラブルの専門家である弁護士への相談は非常に有効であり、効果を上げるものとなります。

互恵の念

昔は許容されていた光景が時代と共に許容されなくなる場合があり、そのひとつが道路族と名付けられえた迷惑行為といえるでしょう。以前は、社会に共通の道徳観念が少なくともありました。しかし、現在それは喪失しつつあり、相互関係は希薄です。それがトラブルのひとつの原因ともいえるでしょう。

また、子供たちが遊ぶ場所が少ないのもひとつの原因です。公園には「静かに遊びましょう」という信じ難い立て看板も存在します。これが現在の日本の社会を象徴しています。社会の在り方は時代と共に変遷し、人の観念も変わっていきます。しかし、いつの時代も大切なのは「相手の身になって考える」という「同感の感覚」です。

人は独りで生きているのではなく、他者があって初めて自分を認識することができます。ロビンソンクルーソーのように無人島で暮らしているのとは違います。道路族の問題のみならず、いつでも人は被害者にも加害者にもなりうるものですから、もう少し互恵の念をもって暮らすべきことを切に願うばかりです。

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2021-06-23 時点

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