俳句で春を感じよう!季語の解説や有名な作者・作品をランキングで紹介

気候が穏やかで花々も咲き乱れる春には、風流に俳句で春を感じてみませんか?春を謳う俳句は数多くありますが、詠むだけで春の情景が浮かんでくる有名な俳句をランキング形式でご紹介していきます。作者やその作品の季語・意味についても詳しく解説します。

俳句で春を感じよう!季語の解説や有名な作者・作品をランキングで紹介

目次

  1. 春を感じる俳句をランキングでご紹介
  2. 15位:加賀千代女の女性らしい奥ゆかしさが染みる俳句
  3. 14位:服部嵐雪の描く春の温もりを感じられる俳句
  4. 13位:高浜虚子が詠んだ強い春風に決意表明する俳句
  5. 12位:文豪・芥川龍之介が春の情景を描いた俳句
  6. 11位:小林一茶の詠む春の雨さえ楽しませる朗らかな俳句
  7. 10位:つつじの美しさを表す小林一茶の俳句
  8. 9位:寂しさや悲しさを情感豊かに詠んだ小林一茶の俳句
  9. 8位:与謝蕪村が偶然の喜びを描いたほっこりする俳句
  10. 7位:春の雨にしっとりと情景が浮かぶ与謝蕪村の俳句
  11. 6位:名作中の名作と名高い与謝蕪村の俳句
  12. 5位:春らしい心地良さを感じる与謝蕪村の俳句
  13. 4位:松尾芭蕉が詠んだ春の夜の情緒ある俳句
  14. 3位:すみれの花に思いを馳せる松尾芭蕉の俳句
  15. 2位:俳句の代名詞といえる松尾芭蕉の俳句
  16. 1位:梅の香りに誘われる松尾芭蕉の俳句
  17. 風流に俳句で春を感じよう

春を感じる俳句をランキングでご紹介

穏やかな気候になり、多くの花が綻び始めると春の訪れを感じますよね。そんな景色を眺めるだけでも十分春を満喫できますが、楽しみ方は他にもあります。日本人なら俳句で春を感じてみませんか?

有名な俳句の中にも春を感じる俳句はたくさんあります。その作品の作者や季語、意味について知るとより情感豊かに春を感じることができるでしょう。今回は有名な俳人の春の俳句をランキング形式でご紹介します。

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15位:加賀千代女の女性らしい奥ゆかしさが染みる俳句

加賀千代女(かがのちよじょ)は、江戸時代で最も有名な女性俳人です。弟子入りを志願した各務支考にホトトギスを題材にした句を詠むよう言われると多くの句を夜通し詠み続け、「あたまからふしぎの名人」とその才能を認められました。

73歳で亡くなるまで、1,700余りの俳句を残したと言われています。なかでも最も有名な俳句は朝顔を題材にした作品で、「朝顔に つるべ取られて もらい水」です。作者の心やさしい人となりを感じさせます。

「手折らるる 人に薫るや 梅の花」

そんな女性俳人・加賀千代女が描く春の俳句は、「手折らるる 人に薫るや 梅の花」です。砕けた表現の「人にも香る」という句で覚えておられる方もいるかもしれません。

「手折らるる」という表現は「手折る(たおる)」のことで、手で花や枝などを折り取ることを指します。俳句で詠む分にはいいですが、実際に梅の枝などを手折ることは心ない行為なので、どんなに美しくてもしないようにしましょう。

この春の俳句の季語と意味

この春の俳句の季語は「梅」です。梅の花は自身が咲く枝を折って持ち去った、自分に害を及ぼす人に対しても差別なくふくよかな香りを与える、という梅の花の寛容さを詠んだ俳句です。

実に女性らしい観点で、奥ゆかしさを感じさせる春の俳句ですね。この作品を詠むと自身の持つ寛容さや辛抱強さについて考えさせられます。そして、言葉の出せない花には一層優しさを込めて接したいものですね。

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14位:服部嵐雪の描く春の温もりを感じられる俳句

服部嵐雪(はっとりらんせつ)は江戸中期の俳人で、松尾芭蕉の高弟の一人です。芭蕉から高い評価を得、「草庵に桃桜あり。門人に其角嵐雪あり」と称えられたほどでした。とはいえ師弟間の軋みはかねてからあったようです。

禅の修行を受け、内向的で柔和な温雅さをもつ人柄が作風にも多く表れているのが特徴です。人柄もあってか嵐雪の門・雪門からは優れた俳人を輩出し、大島蓼太の時代には努力を著しく拡大しました。

「梅一輪 一輪ほどの 暖かさ」

そんな芭蕉も認めた服部嵐雪の詠んだ春の俳句は、「梅一輪 一輪ほどの 暖かさ」です。嵐雪を代表する有名な作品で、梅の花が咲き始めるとこの句を思い出すという方も少なくないかもしれません。

「梅一輪」の「輪」とは、咲いている花を数える時に使われる言葉です。この句を詠むだけで、小さな梅の花がぽつぽつと咲いている春の情景が頭に浮かんできますね。嵐雪らしい穏健さが感じられます。

この春の俳句の季語と意味

この春の俳句の季語は「梅」です。まだ寒い早春、梅が一輪咲いているのを見つけ、それを見ていると梅一輪ほどのかすかな暖かさが感じられる、という心持ちを表現した俳句です。梅とともにやって来る春の予感を示しています。

寒中に咲く梅ならではの特徴をよくとらえた句で、作者自身の暖かな感受性も垣間見えます。この作品のように、春の花を見て暖かさや優しさを感じられる心のゆとりをいつも持っていたいですね。

13位:高浜虚子が詠んだ強い春風に決意表明する俳句

高浜虚子(たかはまきょし)は、明治から昭和まで3代にわたって活躍した俳人・小説家です。友人の紹介で正岡子規に兄事し俳句を教わるようになり、虚子という俳号も子規から本名・清をもじって贈られました。

俳句は伝統的な五七五調で詠まれるべきであり、季語を重んじる客観写生・花鳥諷詠の詩であるという理念を唱え、20万句以上の作品を残しました。固定した文体を持たず、作品によって変化させる柔軟さが特徴です。

「春風や 闘志いだきて 丘に立つ」

俳句に対する強い理念を貫いた高浜虚子の春の俳句は、「春風や 闘志いだきて 丘に立つ」です。子規の死後、小説に没頭していた虚子が俳句作りを再開した時のものです。この作品で不明なのは「春風」を何と読むかという点です。

一般的には「しゅんぷう」が単体で使われることはないので「はるかぜ」と読むのが普通と考えられますが、句全体の雰囲気ではどちらでも読めるので、ふさわしいと感じる方で詠んでみてください。

この春の俳句の季語と意味

この春の俳句の季語は「春風」です。穏やかにそよぐ風に触発されたか、時おり吹きすさぶ風と自身の逆境とを重ね合わせたか。ふつふつと沸き出す闘志を言い表した、いわば決意表明の句といえます。

この句はちょうど虚子が俳句を守るために理念を公にした時と時期が重なります。作者が思いを新たに俳句に向き合った姿に思いを馳せると、よりこの作品の意味に深みを感じ、心が揺さぶられます。

12位:文豪・芥川龍之介が春の情景を描いた俳句

芥川龍之介(あくたがわりゅうのすけ)は、誰もが知る文豪で大正時代に活躍した有名小説家です。「蜘蛛の糸」「羅生門」に代表される短編小説のイメージが強いですが、夏目漱石の門下生になったことから俳句の魅力にのめり込んだようです。

生前、1,000余りの俳句をしたため、うち厳選した77句を昭和二年に刊行の『澄江堂句集』に収録しています。芥川の俳句は江戸っ子らしい姿の良い作風と、小説家としての文学性が持ち味です。

「白桃や 莟うるめる 枝の反り」

俳人としても注目されていた芥川龍之介の春の俳句は、「白桃や 莟うるめる 枝の反り」です。「白桃」は「はくとう」と読みますが、もちろん果実ではなく桃の花を指しています。

「莟」とは「つぼみ」のことですが、この漢字が使われていることからすると、作者はまだ硬いままのつぼみを見ていたことが窺えます。「うるめる」は潤ませる、濡れているということを指しています。

この春の俳句の季語と意味

この春の俳句の季語は「白桃」です。桃の木肌に張り付いたまだ硬いままの多くのつぼみが、春の雨か露かでどれも潤むような枝の反り具合だ、ということをこの句で表現しています。

つぼみが膨らむ前の状態の枝ぶりを詠んでいるのが面白い着眼点ですね。大きく枝を張り伸ばす様子に惹き付けられたのか、まだ遠い春を思って感慨に耽ったのか。作者の気持ちを想像するのも一興です。

11位:小林一茶の詠む春の雨さえ楽しませる朗らかな俳句

小林一茶(こばやしいっさ)は江戸後期の俳人で、生涯を通してしたためた俳句は20,000以上と言われています。14歳で信濃から江戸へ出ると、二六庵竹阿に師事し俳句を学ぶこととなります。

3歳で母親を亡くし父の死後は10年以上、継母や弟との財産争いが続くなど不幸な境遇にありました。しかし方言や俗語を交え、その境遇を反映した屈折ある異色な作風「一茶調」を確立し、江戸時代を代表する俳人の一人となりました。

「春雨や 猫に踊りを 教える子」

小林一茶の詠む春の俳句の一つが、「春雨や 猫に踊りを 教える子」です。一茶は動物の中でも特に猫好きとして知られており、猫について詠んだ作品を340句も残しています。

猫を含め多くの小動物を句に用いていることから、作品の主要テーマは「生」であると考えられています。現代のわたしたちでも分かりやすく親しみやすい一茶の俳句に、猫の愛らしい様子はより日常的な親しみを感じさせます。

この春の俳句の季語と意味

この春の俳句の季語は「春雨」です。外ではしとしとと春の雨が降っているから、それならどこにも行かず家で猫と遊ぼうか、と子どもが猫と戯れている様子が描かれています。

雨の日というのは何だかもの悲しさもあるものですが、猫と子どもが遊んでいる部屋から見える春の雨は、不思議と暖かいものにも思えてきます。作者の猫に対する愛情まで感じさせますね。雨の日はまったりと家でこの句を詠みたいものです。

10位:つつじの美しさを表す小林一茶の俳句

「百両の 石にもまけぬ つつじ哉」

続いての小林一茶の春の俳句は、「百両の 石にもまけぬ つつじ哉」です。一茶は農民の出であるためか、植物に対しても他の俳人以上に慈しむ心を持ち、それを多くの作品の中で彼らしい作風で詠んでいます。

「百両」はお金のことですが、現在の価値で一両を10万円とすると、およそ1,000万円ほどと考えられます。「石」とは庭石を指しているので、作者は「百両の石」があるような庭園を眺めていたのかもしれません。

この春の俳句の季語と意味

この春の俳句の季語は「つつじ」です。百両ものお金をかけた庭石にも一本のつつじは負けていない、もしくはつつじの方が美しいかもしれない、と咲き誇るつつじの美しさを表現した作品です。

貧しい暮らしをしていた一茶だからこそ、庭石にも目が行ったのかもしれません。どんなにお金をかけてあつらえられたものよりも自然の美しさの方が素晴らしいということを思い起こさせてくれる、春らしい句ですね。

9位:寂しさや悲しさを情感豊かに詠んだ小林一茶の俳句

「我と来て 遊べや親の ない雀」

「我と来て 遊べや親の ない雀」も小林一茶の有名な作品です。雀も一茶の俳句の中でよく用いられるモチーフですよね。雀や蛙は特に、力のない小さい者として作品に登場します。それだけでも作者の優しさを感じます。

「我」とは「わたし」のこと。この句は、早くに母親を亡くした一茶自身が雀に向けて語った言葉としてとらえると、彼の寂しさや悲しみが伝わってくるようです。一羽で過ごす雀の子を見て自身と重ね合わせたのでしょう。

この春の俳句の季語と意味

この春の俳句の季語は「雀」です。親のいない子どもの雀に向かって、親がいない寂しさはわたしも知っているからこっちへ来て一緒に遊ぼうじゃないか、と優しく誘っている場面が描かれています。

この句の魅力は温かみが感じられるところでしょう。ただ自身の寂しさを重ねるのではなく、「気持ちが分かるから一緒にいよう」と雀の子に寄り添おうとしている心が胸を打ちます。悲しくても前を向いていた作者に倣いたいですね。

8位:与謝蕪村が偶然の喜びを描いたほっこりする俳句

与謝蕪村(よさぶそん)は、江戸時代中期の俳人・画家として知られています。芭蕉が亡くなってから20年ほど後に生まれましたが、「蕉風回帰」を唱え、その足跡を辿る旅をしたほど芭蕉に対して強い憧れを持っていました。

その作風は写実的・絵画的・浪漫的と称されます。四季にわたってまんべんなく、バラエティーに富んだ季語を用いていることも特徴です。また、蕪村は俳句と絵で滑稽味を楽しむ俳画の創始者でもあります。

「近道へ 出てうれし野の 躑躅かな」

与謝蕪村が描く春の俳句が、「近道へ 出てうれし野の 躑躅かな」です。「躑躅」は「つつじ」と読みます。つつじを詠んだ句としては、蕪村のこの作品と小林一茶の俳句が並んで有名ですね。

余談ですがつつじに「躑躅」という漢字が当てられている由来を知っていますか?これは、中国の羊が毒性のあるつつじを食べたところ悶絶し、足をばたつかせながらうずくまったという出来事が由来なんだそうです。

この春の俳句の季語と意味

この春の俳句の季語は「躑躅」です。歩いていると偶然近道へ出られて嬉しい、さらにそこには野のつつじも咲いていて幸せな気分だ、と偶然の喜びを表現した作品です。何だか詠むだけで、春らしいほっこりとする俳句ですね。

近道に出られたことと野のつつじを見られたことで得をしたと言うように、足取り軽く歩いて行く姿が思い浮かびます。天気の良い春の日にはいつもと違う道を歩いて、作者と同じような気分を味わってみたいですね。

7位:春の雨にしっとりと情景が浮かぶ与謝蕪村の俳句

「春雨や ものがたりゆく 蓑と傘」

与謝蕪村が詠んだ雨の俳句、「春雨や ものがたりゆく 蓑と傘」も蕪村らしい写実的な作品です。「ものがたりゆく」とは「物語り行く」、つまり話をしながら歩いて行く様子を描写しています。

江戸時代前半、傘は高級品で武士以上の者しか使うことができず、小者や農民はもっぱら蓑をまとっていたようです。このことからすると、「蓑と傘」が並べられていることは身分違いの二人を指していると考えられます。

この春の俳句の季語と意味

この春の俳句の季語は「春雨」です。物憂い春の雨の中を、蓑をまとった人と傘をさした人が並んで歩いて行く様子が描かれています。この二人の性別や関係、何を話していてどこへ向かっているのか、という情報は一切ありません。

ですがたった17文字も言葉の中で、身分違いと思われる二人が雨の中を囁き合いながら去って行く情景に想像が膨らみます。そこにどんな背景があり、作者がどんな思いでその景色を切り取ったのかを思い巡らすと、俳句の奥深さを感じます。

6位:名作中の名作と名高い与謝蕪村の俳句

「菜の花や 月は東に 日は西に」

多くの俳人の作品の中でも名作中の名作と名高いのが、与謝蕪村の「菜の花や 月は東に 日は西に」です。さまざまな季語を用いた蕪村ですが、中でも菜の花に関する俳句が多く、菜の花を愛した人であったことが窺えます。

この作品が名作と言われているのは、端的で分かりやすい表現で眼前に広がる広大な景色を色彩豊かに感じさせるからでしょう。菜の花を見るとこの句が自然と思い浮かぶのも、蕪村の表現の巧みさゆえと言えます。

この春の俳句の季語と意味

この春の俳句の季語は「菜の花」です。見渡す限り広がる菜の花畑で春の一日が暮れようとしていて、月が東の空へのぼり日が西の空に沈もうとしている、という風景を描写した作品です。

季節に限らず、西に夕日を見ながら東に月が見える時、その月は満月です。夕焼けに染まる菜の花畑と、白く浮かぶ満月。作者自身が眺めたのと同じ景色を今でも見ることができるというのは、変わらない自然の素晴らしいところですね。

5位:春らしい心地良さを感じる与謝蕪村の俳句

「春の海 ひねもすのたり のたりかな」

与謝蕪村の春の俳句として最もなじみ深い作品が、「春の海 ひねもすのたり のたりかな」です。この句も名作と言われており、今回のランキングでは唯一、春の海を題材にした俳句となっています。

「ひねもす」とは「終日」つまり一日中ということを表しています。「のたり」はのんびり・ゆったりと言い換えることもでき、海の穏やかな波の様子を描写した言葉です。「のたりのたり」と二度繰り返している点が、蕪村らしい句です。

この春の俳句の季語と意味

この春の俳句の季語は「春の海」です。春の海は穏やかで一日中ゆったりとうねっていて、とてものどかだ、という情景を詠んでいます。春の麗らかさに引き込まれるような心地良さを感じさせます。

爽やかな夏の海や荒々しい冬の海の方が印象的ですが、変わり映えしないように見える春の海にもこんな見方があったのかと気付かせてくれます。静かに寄せては返す波の様子に心まで穏やかになれそうです。

4位:松尾芭蕉が詠んだ春の夜の情緒ある俳句

松尾芭蕉(まつおばしょう)は、言わずと知れた世界的にも有名な俳人で、俳句の芸術性の高さから俳聖と呼ばれることもあるほどです。紀行文『奥の細道』での評価も高く、その名を現代に至るまで強く印象付けています。

蕉風という作風はさび・しおり・細み・軽みなどを主体としています。当初は洒落や滑稽を主としていた俳句ですが、芭蕉は落ち着いた雰囲気と奥深い趣を尊び、閑寂で気品高い芸術を目指しました。

「しばらくは 花の上なる 月夜かな」

松尾芭蕉のその俳句への理念を感じさせる春の句は、「しばらくは 花の上なる 月夜かな」です。芭蕉の句碑の中には「花の色なる」と記されているものもあるようですが、句集には「花の上なる」のみが収録されています。

ここでの「花」は桜を指しています。そのため、秋の季語である「月夜」が含まれていても春の俳句と言うことができます。ですが他の花でも詠んでも、また違った味わいを感じられそうな句ですね。

この春の俳句の季語と意味

この春の俳句の季語は「花」です。満開の桜の上に月が上がったので、しばらくは月下の花見ができそうだ、という様子を詠んだ作品です。一見楽しげな句にも思えますが、どこか寂しい雰囲気も感じられます。

街灯も花見のための提灯もない中、浮かぶ月と照らされる桜はさぞ美しいことでしょう。しかし月は時間が経てば沈んでしまい、月下の花見は終わってしまいます。少しの時間しか見られない景色は、儚くも一際輝いて見えたかもしれません。

3位:すみれの花に思いを馳せる松尾芭蕉の俳句

「山路来て 何やらゆかし すみれ草」

「山路来て 何やらゆかし すみれ草」も松尾芭蕉のよく知られた俳句です。すみれといえばまずこの句が思い出されます。この作品は「何とはなしに なにやら床し 菫草」という初案を推敲したものです。

「ゆかし」とは心が惹かれる・慕わしい・懐かしいという思いを表現する言葉です。「何やら」は「何だか」という意味なので、「何だか心が惹かれる」ということを表しています。詠む人によってさまざまな感慨を覚える句です。

この春の俳句の季語と意味

この春の俳句の季語は「すみれ」です。春の山道を歩いている途中、ふと目をやった道の片隅に見つけるすみれ草。その慎ましい色形に何だか心が惹かれる、という心持ちを表現した奥ゆかしさを感じさせる作品です。

日常見慣れているすみれの花も、日常を離れて山道を歩き疲れた中で見つけると妙に惹き付けられるものだと作者は語っています。小さな花もそうした見方をすると一層尊さが増しますね。

2位:俳句の代名詞といえる松尾芭蕉の俳句

「古池や 蛙とびこむ 水の音」

松尾芭蕉の俳句と言われると、「古池や 蛙とびこむ 水の音」という句を思い浮かべる方も少なくないでしょう。江戸時代からすでに俳句の代名詞として有名だった作品です。

「古池」とはただ古い池ではなく、いつ誰が何のために造ったのかも分からない、手入れがされているかも分からない古びた池のことを指しています。夏の句にも思えますが、冬眠した蛙が春になると元気に出てくるため春の句と言えます。

この春の俳句の季語と意味

この春の俳句の季語は「蛙」です。古池に蛙が突然飛び込むと、その水音が一瞬静寂を破ったもののまたすぐに元の静けさに戻った、という春の静寂の風景を切り取った作品です。

静かであることを直接言葉にせず不意に起こった音を表現するからこそ、広がる静寂を一層濃いものとして強調しているところが芭蕉らしい作品です。古びた池も一匹の蛙も気にせず通り過ぎるようなものですが、注目すると深い趣があります。

1位:梅の香りに誘われる松尾芭蕉の俳句

「梅が香に のっと日が出る 山路かな」

春を詠んだ句の中で最も名作と称されるのが、松尾芭蕉の「梅が香に のっと日が出る 山路かな」です。30句ほど詠んでいる梅の句の中でも随一です。まず、「梅が香に」は「梅の香り」を表します。

「のっと」という表現は太陽が顔を出す様子を表した擬態語ですが、それを「のっと」と記したのが芭蕉独特の表現です。これが軽みと言われるもので当時は滑稽俳諧としてもてはやされ、作者の死後に一大流行しました。

この春の俳句の季語と意味

この春の俳句の季語は「梅」です。早春の山道を歩いていると、梅の香りにさそわれるかのように太陽がのっという感じで顔を出した、と情景を詠んだ作品です。春の訪れを喜ぶ様子が感じられます。

梅の花は風に乗って広く香りを届けます。自身も太陽もその梅の豊かな香りにさそわれた様子が、とても和やかに想像できます。分かりやすく軽快で、この句が春の俳句として現代まで愛されているのも頷けます。

風流に俳句で春を感じよう

どれも聞き馴染みのある有名な俳句でしたね。桜や梅、菜の花などの春の花や、猫や雀などの生き物も取り入れた個性豊かで情緒ある素敵な俳句ばかりです。俳句で見ると憂うつな雨まで不思議と趣を感じさせますね。

今回は選りすぐりの15作の有名な俳句をご紹介しましたが、他にも春を感じる俳句はたくさんあります。どんな作品が思い浮かぶでしょうか。また、自分で詠んでみるというのも面白いですね。この春は風流に、俳句で春を感じてみましょう。

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2020-02-28 時点

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