盲目芸人・濱田祐太郎がR-1ぐらんぷり2018優勝!プロフィールは?

2018年に開催されたR-1ぐらんぷりで見事に優勝して一躍有名になった「濱田祐太郎さん」、彼は彗星のごとく現れ、生まれつき目が見えないという障害を笑いに変えた漫談で優勝をいっきにかっさらっていきました。まだ世間への露出は決して多いとは言えず、情報が少ない濱田祐太郎さんですが、気になる人のために彼の生い立ちや芸歴といったプロフィールをまとめてみました!異色の芸人、濱田祐太郎の魅力がきっとわかるはずです!

盲目芸人・濱田祐太郎がR-1ぐらんぷり2018優勝!プロフィールは?

目次

  1. 盲目の天才芸人・濱田祐太郎さんとは?
  2. 濱田祐太郎さんの意外な趣味
  3. 濱田祐太郎さんは彼女がいる?
  4. 高校卒業からNSC入学まで
  5. 濱田祐太郎さんが通っていた高校に関して
  6. 芸人を志すきっかけ
  7. 周囲の反応
  8. 実は引きこもりだった?
  9. NSC時代の濱田祐太郎さん
  10. ネタに関して
  11. R-1ぐらんぷり優勝前の濱田祐太郎さん
  12. R-1ぐらんぷり優勝
  13. 意外な経歴...
  14. 濱田祐太郎さんが障害をネタにする訳
  15. まとめ・盲目の天才芸人濱田祐太郎さんの今後に注目!

盲目の天才芸人・濱田祐太郎さんとは?

濱田祐太郎さんのプロフィール

濱田祐太郎さんのプロフィールは以下の通りです。彼が生まれたのは1989年9月8日、出身地は兵庫県神戸市、血液型はO型で、所属事務所は吉本興業です。先天性の緑内障の影響から左目はまったく視力はなく、右目は光をわずかに感じる程度の状態だと言われています。小中学校は一般の学校へ通ってようですが、高校は兵庫県立視覚特別支援学校に進学したようです。

彼のネタには盲学校時代のあるあるネタがあり、それはこの頃の体験を元にしたものです。高校卒業後、2012年大阪NSCに35期生として入学しました。ちなみに濱田祐太郎さんの同期にはゆりやんレトリィバァさんやガンバレルーヤさんなどがいます。今をときめく人気芸人が多数いたようです。

また濱田祐太郎さんは見た目がかなりスラッとされてますが、吉本興業が発表している所属芸人の公式プロフィールによると身長は171cm、体重は81kgのようです。これだけ見ると少しぽっちゃりしているのかな?という数字ですが、一部では彼はかなりの筋肉質なのでは?とも噂されているようです。

濱田祐太郎さんの意外な趣味

盲目でも趣味はギター!

現在、盲目の芸人として注目を浴びている濱田祐太郎さんですが、プロフィールをみると彼には意外な趣味があります。なんと濱田祐太郎さんの趣味はギターなのだそうです。それもアコースティックギターからフォークギター、フィンガーピッキングギターまで幅広い演奏を行うようです。

ちなみにフィンガーピッキングギターとは、ギターをピックを使わずに指で弾いて演奏する方法で、高度な技術を必要とします。どうやら濱田祐太郎さんには話芸の才能以外にも音楽の才能があるようでうす。

ちなみに濱田祐太郎さんは特技として他に「お米を好みの硬さに炊くこと」とも言っていますが、それもギターで繊細な指遣いをマスターした結果、可能になったものかもしれません。

濱田祐太郎さんは彼女がいる?

イケメンなのに恋愛経験はほとんどない

一部では妻夫木聡さんにそっくりと噂される濱田祐太郎さんですが、彼にはどうやら今、彼女がいるそうです。しかし彼にはR-1優勝の直後までは彼女はいなかったそうで、優勝を期に告白をして見事恋人をゲットしたみたいです。このことについて濱田祐太郎さんは「R-1ぐらんぷりに優勝してからそれを利用して告白しました」とコメントしています。

ただ本当にお相手の女性と付き合うようになったのは優勝したしばらく後のようで、R-1ぐらんぷり優勝直後のインタビューでは彼女はいないと明言していました。またその時インタビューでは「これまで自分が付き合った女性は一人」「20歳の時に同じ盲学校の生徒と付き合った」とコメントしています。イケメンと噂される濱田祐太郎さんですがどうやら女性経験はそれほどないようでうす。

ちなみに濱田祐太郎さんはこれまでのインタビューで好きなタイプは声が可愛い人答えており、具体的な名前として鈴木奈々さんと小倉優子さんを挙げています。濱田祐太郎さん曰く「鈴木奈々さんは結婚して声がセクシーになった」「小倉優子さんは離婚してセクシーな声になった」とのこと。わずかな声の変化に気づくあたり盲目の濱田祐太郎さんらしいと言われています。

高校卒業からNSC入学まで

高校卒業からNSC入学まで期間があるのは?

濱田祐太郎さんがNSCに入ったのは22歳のときで、年齢だけ見ると18歳で高校を卒業してから随分と時間が経ってから入学したんだなと思ってしまいがちです。しかしそれ勘違いです。まず濱田祐太郎さんは高校が卒業したのは21歳の時です。

別に彼は留年したというわけではありません。濱田祐太郎さん高校に在籍しながらあはぎ(あんま、針、鍼灸師)の国家資格を取っていたようで、これを獲得するためには、結果として6年の在籍期間が必要となるようでうす。そして、卒業後は実際にアルバイトとしてマッサージ師を行ない、そこでNSCの授業料を貯めたため、入学が22歳の時となった訳です。

濱田祐太郎さんが通っていた高校に関して

兵庫県立視覚特別支援学校とは

濱田祐太郎さんが通っていた兵庫県立視覚特別支援学校は県立の視覚特別支援学校で視覚障害を抱えた、盲目の方々が適切な支援を受けながら学習ができる学校です。設立は1905年で、学校は普通科の他にもあはぎ資格が取れる高等部専攻科が用意されているようです。

学校は男女共学で、点字など盲目の人間が社会生活を営む上で必要な知識を教えてくれます。濱田祐太郎さんもこの兵庫県立視覚特別支援学校に通うようになり、初めて点字を覚えたと語っています。現在、濱田祐太郎さんはネタを思いつくと、ケータイのボイスメモを使い記録して、後に点字に起こしてネタ帳を作っているようですが、それができるのもこの学校のおかげという訳です。

芸人を志すきっかけ

濱田祐太郎さんが芸人になりたいと思ったのは...

R-1ぐらんぷりで優勝するというピン芸人としてこの上ない名誉を手にした濱田祐太郎さんですが、彼が初めて芸人になろうと思ったのは中学校時代のことだと言われています。当時、濱田祐太郎さんはテレビでビッキーズの漫才とハリガネロックの漫才を耳にして虜になってしまったようです。彼はその時に「世の中にこんなおもろいものがあるんか!」と思ったそうです。

濱田祐太郎さんはこの二組の漫才を聞くまで、一切に笑いに興味がなかったようで、明石家さんまさんダウンタウンさんの名前も知らなかったようでうす。濱田祐太郎さん曰ビッキーズとハリガネロックはそんな彼を笑いに「覚醒」させてしまったとのこと。

この二組は極めて正統派の漫才をするお笑い芸人で、質の高い話芸を持っていたと言われます。現在、濱田祐太郎さんが漫談家として正統派の優れた話芸で人を笑わせているのはこの二組の影響が強いとも言われています。ちなみに現在は彼に大きな影響を与えたビッキーズもハリガネロックもすでに解散してしまっています。

周囲の反応

濱田祐太郎さんには厳しい視線が向けられていた

盲目でありながら芸人を目指すと心に決めた濱田祐太郎さんですが、周囲の人間が彼に向けた目は厳しいものでした。例えば濱田祐太郎さんが芸人になりたいと両親に打ち明けたときは「何を言っているんだ」と、盲目の人間がいかに芸人になるのかが難しいのかを説かれたそうです。

またお金を貯めてNSCに入学する際も学校側から「盲目の方をどこまでサポートできるかわからない」と暗に入学をしないほうが良いのでは?と言われてそうです。しかし濱田祐太郎さんは世間から向けられたそんな「盲目の人間が芸人になるのは無理!」という固定概念に屈することなく、自分の考えを曲げずに芸人になり、R-1ぐらんぷりで見事に優勝しました。

実は引きこもりだった?

濱田祐太郎さんはかなりの人見知り?

R-1ぐらんぷりで見事なネタを披露して優勝した濱田祐太郎さんですが、実は彼はかなりの人見知りだったと言われています。中学校時代などは周囲の人間と馴染むことができず、学校に通うことも出来なくなってしまったそうです。濱田祐太郎さんは自分のことを「かなりの人見知りで集団生活も苦手」と語っています。

その後、父親の勧めで最初に書いたように兵庫県立視覚特別支援学校に通うようになり、そこで寄宿舎で生活を行うなどして少しずつ集団生活や人見知りが緩和されていったようです。ただ今でも完全には人見知りは治ってはいないようで、自分が漫談というスタイルを選んだのは「人見知りで相方を作れなかったから」と語っています。

また別のところではお笑いをしている時以外は基本的に自分は「引っ込み思案」で「沈んだ状態である」とも言っています。芸人さんにはオンオフのスイッチが激しい人が多いとは言いますが、濱田祐太郎さん時にその差が激しいのでは?とも言われています。

NSC時代の濱田祐太郎さん

NSC時代はあまり目立たなかった?

濱田祐太郎さんが語るとこによると彼はNSCでは決して優秀な学生ではなかったようです。あるインタビューにおいて濱田祐太郎さん「NSCでは自分は優秀ではないクラスにいた」と答えています。そして同時に同期のゆりやんレトリィバァさんを引き合いに出し「ゆりやんレトリィバァは優秀なクラスにいた」「別格の存在」「売れっ子という感じ」と答えてもいます。

実際、同期のゆりやんレトリィバァさんやガンバレルーヤさんがデビュー後間も無く売れていく中、濱田祐太郎さんは売れるまでに少し時間がかかっており、2017年くらいまではほぼ無名の状態でした。

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ネタに関して

障害を笑いに変える

濱田祐太郎さんのネタは主に自身の障害をネタしたものです。例えば盲学校のあるあるネタなどでは「盲学校の修学旅行で北海道に行くことになった、内容は全員目が見えないのに札幌ドームで野球観戦!」や「盲学校の生徒って全員目悪いのに教室に黒板あったんです!」と言った感じになっています。

濱田祐太郎さんのネタはその性質上、初見の人は笑っていいのかわからないと戸惑うことが多いと言われていますが、そういった声があるせいか彼はネタの前半であえて「笑っていいか迷ったら笑っておいてください」と声をかけています。

ちなみに濱田祐太郎さんのネタの盲学校あるあるに関しては盲学校の彼の恩師が「実話です」と語っています。またその恩師は新聞インタービューにおいて「彼は学校でも疑問に思ったことをなんでもぼやいていた、それがネタの原点になったのでは?」とコメントをしています。

R-1ぐらんぷり優勝前の濱田祐太郎さん

舞台が中心の活動

上記のように障害をネタした漫談を行なっていたせいか、濱田祐太郎さんがの芸人生活は決して順風満帆なものではなかったようです。2013年にNSCを卒業して以降、彼は2017年くらいまではほとんどテレビにでることはありませんでしたし、世間的な認知度は低い状態でした。

しかし2017年10月にNHKの「新人お笑い大賞」で最終決勝まで残ると「白杖をついた漫談師がいる」とお笑い好きの間では一部話題に上がり始めました。またこの頃から吉本の新人が出場できる舞台「よしもと漫才劇場」にも少しずつ上がるよになり、着実に世間の認知度を挙げていきました。

R-1ぐらんぷり優勝

2018年R-1ぐらんぷり優勝で一躍有名人に!

2017年頃から世間の評価を少しずつ挙げてきた濱田祐太郎さんですが、その人気を決定づけたのが今回のR-1ぐらんぷり優勝でした。R-1で披露したネタは彼お得意の「視覚障害者の自虐ネタ」でした。最初のうちは会場のお客さんも笑っていいのかわからないという雰囲気でしたが、濱田祐太郎さんがあっけらかん話す、自虐に次第に笑いの渦が起こっていきました。

結果として彼は見事優勝し、放送直後から濱田祐太郎さんは日本中の注目の的となりました。彼のネタを見た松本人志さんはワイドナショーで「気の毒な感じがない」と高く評価し、明石家さんまも彼の笑いのセンスを褒めました。

R-1優勝の結果、濱田祐太郎さんは世間に広く知られるようになり、直後には何十通ものお祝いメールが彼の元に届いたそうです。また同時に、仕事のオファーも一気に増え、50件以上の依頼がきたとコメントしています。まさにこの日を界に一躍時の人となったわけです。

意外な経歴...

実はR-1ぐらんぷりには初出場ではない

世間的には濱田祐太郎さんは2018年のR-1ぐらんぷりに初出場で優勝をかっさらっていったという印象ですが、実はこれは違います。なんと彼は2018年の優勝前に二回もR-1ぐらんぷりに出場しているのです。彼が出場していたのは2012年R-1ぐらんぷりと2013年R-1ぐらんぷりです。

しかも2012年のR-1ぐらんぷりでは濱田祐太郎さんは準決勝まで進出しています。ちなみにこの2012年のR-1グランプリはNSC入学前に参加したものです。入学前にこのような成績を残すなんて当時から笑いの才能がかなりあったのかもしれません。

濱田祐太郎さんが障害をネタにする訳

障害をネタにするということ

自身の障害をネタにする濱田祐太郎さんですが、彼は障害をネタにすることに関して二つの思いを語っています。一つは「自分は障害をネタにしてるし、いじってもらって構わないけど、ほか障害者は気分を害する場合も気をつけて欲しい」という思いで、自分のネタをきっかけにむやみに障害者をいじるのはよくはない見解を示しました。

また別の場所では「自分は決して障害者を勇気付けるためにネタをやっている訳ではない」「自分のネタを見て勇気付けられる人がいるなら障害の有無に関わらず嬉しい」という思いも語っています。多くの人は障害を持っている人間が何かをやっているとどうしても、それを障害と結びつけて語ってしまいますが、彼のこの言葉は暗に「そういうことも偏見だ」ということを示しています。

まとめ・盲目の天才芸人濱田祐太郎さんの今後に注目!

唯一無二の濱田祐太郎さんの芸に注目が集まる

彗星の如く現れた盲目の天才芸人濱田祐太郎さんですが、今後はメディア露出が増えていくことが予想されています。一部では芸人としての起用の仕方が難しいと言われると濱田祐太郎さんですが、今までのような型にはまっていない新しい芸人像を作り上げていけば、これから活躍の幅は無限に広がると言われています。

そうなれば、盲目の芸人としてネタだけでなく、フリートークやさまざまなバラエティー番組で濱田祐太郎さんを見る機会が増えていくでしょう。

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