桜の俳句・短歌特集!有名なものから儚い恋の句まで春の名作を厳選紹介

桜の花は昔から日本人に親しまれてきた花で、花の美しさや散り際の潔さを様々な人が短歌や俳句で残しています。このまとめではそんな桜を題材にした春の俳句や短歌を有名なものから儚い恋の句まで厳選紹介しています。あなたはいくつご存知でしょうか?

桜の俳句・短歌特集!有名なものから儚い恋の句まで春の名作を厳選紹介

目次

  1. 短歌や俳句にも!昔から多くの人に愛されている桜
  2. 俳句と短歌は何が違うの?
  3. あなたはいくつ知ってる?桜の俳句や短歌の名作紹介!
  4. 松尾芭蕉のシンプルながら深い俳句
  5. 小林一茶の散り急ぐ桜に宛てた俳句
  6. 桜の散り際の潔さをしたためた良寛の俳句
  7. 西行の詠んだ最も有名な桜の歌
  8. 絶世の美女小野小町が詠んだ桜の切ない歌
  9. 源氏物語にも引用された心打たれる桜の歌
  10. 大伴池主が亡くなった友人を思って詠んだ歌
  11. 紀友則が恋しい人を思い浮かべながら詠んだ桜の歌
  12. 元良親王が詠んだ男女がすれ違う切ない恋の歌
  13. 歌の名手!紀貫之の桜を題材に詠んだ歌
  14. 伊勢大輔が詠んだ即興とは思えない名作の桜の歌
  15. 「花」だけで桜を意味する短歌が多い
  16. 桜を題材にした俳句や短歌で春を感じよう!

短歌や俳句にも!昔から多くの人に愛されている桜

桜といえば昔から日本人に愛され、日本を代表する花としても有名です。そんな桜はただ見るだけではなく、俳句や短歌にも多く登場しています。このまとめではそんな桜の俳句や短歌の名作を厳選してご紹介しますが、その前に簡単に俳句と短歌の違いについてご説明します。

俳句と短歌は何が違うの?

俳句のスタイルは松尾芭蕉によってつくられた

俳句は元々、和歌の上の句と下の句を別々の人が作って完成させる「連歌」と呼ばれる技法から、上の句だけを取り出して発展させたものです。俳句のスタイルは松尾芭蕉が確立させて、江戸時代から爆発的に人々の間に伝わりました。

江戸時代は俳句ではなく俳諧と呼ばれていました。俳句と呼ばれるようになったのは明治に入ってからで、正岡子規を中心としたグループによって名付けられました。

俳句と短歌の大きな違いは文字数

俳句も短歌も、自分の思いや見た風景を句にする点に変わりはありませんが、大きな違いは文字数です。俳句は五七五の17文字で形成されていて、世界で最も短い詩の形としても有名です。そして俳句には文字数以外にも季語を入れなければならないというルールがあります。これからご紹介する桜の俳句は、桜が春の季語なので、季語がとても分かりやすいです。

俳句は短い分風景描写が多い

逆に短歌は百人一首でおなじみの31文字で形成されているので、俳句よりも長く作るのが大変ですが、必ず季語を入れなければならないというわけではありませんので、自分の感情を自由に表現できます。なので俳句と短歌を比べると俳句は風景を表す句が多く、短歌の方が恋や人の思いに関する歌が多いと言えます。

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あなたはいくつ知ってる?桜の俳句や短歌の名作紹介!

俳句と短歌の違いが分かったところで、桜の俳句や短歌の名作を厳選してご紹介します。短歌には現代訳を一緒に載せていますのでぜひ情景を思い浮かべてみて下さい。あなたの知っている俳句や短歌はあるでしょうか?

松尾芭蕉のシンプルながら深い俳句

俳句といえば松尾芭蕉

俳句といえば松尾芭蕉というほど有名な松尾芭蕉は桜に関する俳句も多く作っていますが、その中でもシンプルなのに奥が深い俳句といえば「さまざまのこと思い出す桜かな」ではないでしょうか。

奥の細道以前に作った俳句「さまざまのこと思い出す桜かな」

松尾芭蕉といえば奥の細道が有名ですが、この俳句は松尾芭蕉が奥の細道へ旅をする前年に作った俳句です。松尾芭蕉が歌人になる前の武士だったころ仕えていた藤堂家への2度目の花見に招かれた際に詠んだ俳句です。桜の花というものは、今も昔も見るだけで様々な思いを呼び起こすのでしょう。

小林一茶の散り急ぐ桜に宛てた俳句

小林一茶は江戸時代を代表する俳諧人

小林一茶は江戸時代に今の長野県の農家の家に生まれましたが、祖母の死をきっかけに継母との関係が悪くなり、江戸に奉公に出されることになりました。そして江戸で俳句と出会い、俳句の道に進んだのです。そして小林一茶は生涯に2万もの俳句を残し、与謝蕪村や松尾芭蕉と並んで、江戸時代を代表する俳諧人となりました。

小林一茶は「雪とけて 村いっぱいの 子どもかな」や「雀の子 そこのけそこのけ お馬が通る」など、一貫して生きるものを俳句の題材にすることが多く、独特の俳句表現方法から一茶調と呼ばれる排風を作り上げました。

桜花 何が不足で ちりいそぐ

そんな小林一茶の詠んだ桜の俳句が「桜花 何が不足で ちりいそぐ」です。満開に咲いた桜があっという間に散ってしまうのは、いったい何が不足しているのか知りたいという、桜の情景と一茶の心情が同時に伝わってくる俳句です。

桜の散り際の潔さをしたためた良寛の俳句

辞世の句ともいわれていた俳句「散る桜 残る桜も 散る桜」

良寛和尚は江戸の末期に今の新潟県の名家の長男として誕生しましたが、家督を継ぐことなく18歳で出家しています。子供と遊ぶのが大好きでいつも手毬やおはじきを持ち歩いていたといいます。そんな良寛和尚が呼んだ春の俳句で有名なものといえば「散る桜 残る桜も 散る桜」でしょう。

俳句以外にも和歌や漢詩をたくさん残した

桜の散り際の潔さは昔から日本人の心を揺さぶるのでしょう。この俳句は良寛和尚の辞世の句ともいわれていますが、良寛和尚の辞世の句は「うらを見せ おもてを見せて 散るもみぢ」だともいわれています。俳句が有名な良寛和尚ですが、俳句の他にも和歌や漢詩、書道などを嗜んでしました。晩年40歳年下の貞心尼との恋や交わした和歌も有名です。

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西行の詠んだ最も有名な桜の歌

西行は平安時代を代表する歌人で生涯で2000首以上の和歌を作り、そのうちの230首は「花見にと 群れつつ人の 来るのみぞ あたら桜の とがにはありける」や「今よりは 花見ん人に 伝へおかん 世を遁れつつ 山へ住まへと」など春の桜を題材に詠んでいるため桜の歌人とも呼ばれています。

願わくは 花のしたにて 春死なん そのきさらぎの 望月の頃

そんな西行の桜を詠んだ歌で最も有名な歌が「願わくは 花のしたにて 春死なん そのきさらぎの 望月の頃」でしょう。

きさらぎは旧暦の2月の事、望月は満月を意味します。お釈迦様が亡くなられたのが2月の15日、つまりきさらぎの望月の頃とされていますので、西行自身もお釈迦様が亡くなった2月15日頃、春に咲く桜の下で死にたいものだという気持ちを詠んだ歌です。実際に西行は2月16日にこの世を去りました。

絶世の美女小野小町が詠んだ桜の切ない歌

小野小町といえば知る人ぞ知る平安歌人、そして絶世の美女です。美人な人に小町をつけるのは小野小町が由来になっています。また、数学パズルの一種にも小野小町に由来した小町算があります。そんな小野小町が詠んだ桜の歌で有名なのは百人一首にも入っている「花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに」でしょう。

花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに

春の長雨で桜の花びらが色褪せてしまったように、美女と呼ばれた私の容貌も年をとるうちに衰えてしまったという意味の歌です。花の色は桜の花と小野小町自身の美しさ両方を表しています。絶世の美女が詠んだ歌だけあって容貌が衰えてしまった悲しさがよく伝わる一首です。

また、「卒塔婆小町」や「通小町」などこの一首を題材にして作られた伝説や戯曲も数多く存在し、いかにこの歌が日本人の心に響いたかという証拠になっています。

源氏物語にも引用された心打たれる桜の歌

源氏物語は日本だけでなく世界レベルで有名な古典ですが、そんな源氏物語には数多くの歌が登場していますが、桜を詠んだ歌で有名なのが「深草の 野辺の桜し 心あらば 今年ばかりは 墨染に咲け」です。

深草の 野辺の桜し 心あらば 今年ばかりは 墨染に咲け

この歌は上野岑雄(かみつけのみねお)が太政大臣藤原基経が亡くなった際の心情を表した歌で、源氏物語の中でも主人公光源氏が叶うことのない恋の相手藤壺の君が亡くなった際に引用された歌です。

大切な人が亡くなってしまった春に咲く桜よ、どうか桜に心があるのならば今年の桜の花はいつもの華やかな色ではなく、暗い墨で染めた色で咲いてほしいと桜に懇願している歌です。大切な人を亡くした春では、はかなく散ってしまう桜でさえ華やかで煩わしく感じてしまうのでしょう。

大伴池主が亡くなった友人を思って詠んだ歌

大伴池主(おおとものいけぬし)は奈良時代の歌人で、万葉集には大伴池主の歌が30首ほど収められていますが、生まれた年や出自に関しては不明な点の多い歌人です。出自に関しての記述が不確かなため正確さには欠けますが、大伴家持の従兄弟に当たる人物で、漢詩に関しては大伴家持よりも優れた才能を持っていました。

桜花 今ぞ盛りと 人は言へど 我は寂しも 君としあらねば

そんな大伴池主が詠んだ桜の歌が「桜花 今ぞ盛りと 人は言へど 我は寂しも 君としあらねば」です。この歌は、桜が今を盛りと満開に咲いているけれど、あなたと一緒に桜を見ることが出来ないので私は寂しいばかりです、という意味の歌です。一見すると恋しい女性に贈った歌と思いがちですが、実は同じ男性の友人に贈った歌です。

紀友則が恋しい人を思い浮かべながら詠んだ桜の歌

紀友則は小野小町と同じく平安時代の歌人で、同じく百人一首に歌があり土佐日記の作者でもある紀貫之のいとこでもあります。紀友則は百人一首にも有名な「ひさかたの 光のどけき 春の日に しづごころなく 花の散るらむ」という桜の歌が入っていますので、知っている方も多いでしょう。

この歌は慌ただしく散ってしまう桜の花を惜しむ、少し切ない歌ですが、ご紹介する歌は桜の花を題材にした歌には珍しく明るい恋の歌です。

春霞 たなびく山の 桜花 見れどもあかぬ 君にもあるかな

「春霞 たなびく山の 桜花 見れどもあかぬ 君にもあるかな」の歌は、春霞のたなびいている山に咲いている桜と同じように、あなたのことはいつまで見ていても飽きることがありません、という意味の歌です。桜を題材にした歌は桜のはかなさを前面に出したものが多く、恋の歌でもその他の歌でもすこし切ないものが多いので、紀友則のこのように明るい恋の歌がとても新鮮です。

元良親王が詠んだ男女がすれ違う切ない恋の歌

先ほどご紹介した紀友則の桜の歌は明るい恋の歌でしたが、続いてご紹介する元良親王(もとよし しんのう)が詠んだ桜の歌は変わってしまった男女のすれ違いを詠んだ切ない恋の歌です。元良親王は平安時代に陽成天皇の第一皇子として生まれた皇族です。恋多き親王で、様々なエピソードが大和物語や今昔物語集に残されています。

花の色は 昔ながらに 見し人の 心のみこそ うつろひにけれ

そんな元良親王が詠んだ桜の歌は「花の色は 昔ながらに 見し人の 心のみこそ うつろひにけれ」です。ここで詠まれている花ももちろん桜の事です。桜の花の色は昔と変わらないのに、一緒に見たあなたの心は変わってしまったんだね、という変わらない桜の花の色と対照的に変わってしまった人の心を詠んだ切ない恋の歌です。この歌に同感する方も多いのではないでしょうか。

元良親王は宇多天皇の后である藤原褒子との情熱的な恋でも有名で、藤原褒子との恋が天皇に知られ引き裂かれてしまった後に詠んだ「わびぬれば 今はたおなじ 難波なる みをつくしても 逢はむとぞ思ふ」という歌は百人一首にも入っています。

歌の名手!紀貫之の桜を題材に詠んだ歌

ことしより 春しりそむる 桜花 散るということは ならはざらなむ

様々な歌を残している紀貫之も桜を題材にした歌をいくつか残しています。その中でも有名な歌が「ことしより 春しりそむる 桜花 散るということは ならはざらなむ」でしょう。この歌は今年初めて咲いた桜よ、どうか散ることは他の桜を見習わずにいつまでも咲いていてほしい、と桜に祈っている歌です。

あっという間に散ってしまう桜が少しでも長く咲いていますように、と願う桜の歌は紀貫之以外にも多くの歌人が詠んでいます。桜の花を惜しむ人の心は今も昔も同じですね。

山桜 霞の間より ほのかにも 見てし人こそ 恋しかりけれ

紀貫之は他にも桜を題材にした歌を詠んでいます。それが「山桜 霞の間より ほのかにも 見てし人こそ 恋しかりけれ」です。春のかすんだ空の下、ほのかに見え隠れする山桜と同じように、垣間見えたあなたの姿が恋しい、と詠んだ歌で、平安当時に流行っていた花摘みの最中に出会った女性に贈った恋の歌です。

ほのかに見えた、という句が山桜と女性と2つにかかっていますが、ほのかに見えた女性の美しさを桜に例えている、美しい恋文でもあります。

伊勢大輔が詠んだ即興とは思えない名作の桜の歌

伊勢大輔(いせのたいふまたはいせのおおすけ)は、平安時代に宮中で一条天皇の中宮である上東門院彰子に使えていた女房の一人で、和泉式部日記を書いたとされる和泉式部や、源氏物語を書いた紫式部とも交流がありました。伊勢大輔自身も優れた歌人で、後拾遺和歌集や新古今和歌集に多くの歌を残しています。

また、伊勢大輔の産んだ、康資王母や筑前乳母、源兼俊母などはいずれも優れた歌人として知られています。

いにしへの 奈良の都の 八重桜 けふ九重に にほひぬるかな

そんな伊勢大輔の最も有名な歌は、百人一首にも残されている「いにしへの 奈良の都の 八重桜 けふ九重に にほひぬるかな」です。この歌は、かつて栄華を極めた奈良の都からやってきた八重桜が、今は九重の宮中で以前にも増して美しく咲き誇っていることですと、豪華に咲く八重桜と今の天皇の御代の栄華を重ねて褒め称えた歌です。

奈良から献上された八重桜を受け取る役を紫式部から譲られた伊勢大輔が、藤原道長から「この八重桜を題材にこの場で歌を詠むように」と即興で頼まれて作った歌です。当時はまだまだ宮中では新参者だった伊勢大輔の才能を推し量るためだったともいわれていますが、周囲の人を圧倒する歌を詠み、伊勢大輔はたちまち称賛を浴びました。

「花」だけで桜を意味する短歌が多い

今までご紹介してきた短歌の多くは、桜ではなく「花」と詠まれているものが多いですが、短歌の多くは花といえば桜を指すことが多いです。それだけ日本人にとって桜が浸透しているからなのでしょう。

花と詠まれていても桜でない歌もある

ただし先ほどご紹介した紀貫之の百人一首に選ばれた歌「人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほひける」に登場する花は桜ではなく梅の花です。このように花と詠まれていても桜ではなく梅である歌もありますのでご注意ください。

桜を題材にした俳句や短歌で春を感じよう!

春と共に美しく咲き、潔く散っていく桜、そんな桜は昔から多くの人に愛され、俳句や短歌の中に数多く登場してきました。今回はそんな桜の俳句や短歌で、有名なものから儚い恋の句まで春の名作を厳選紹介してきましたが、知っているものや心に残ったものはあったでしょうか?

今回ご紹介した桜の俳句や短歌はごく一部でしかありませんので、ぜひその他の桜の俳句や短歌を詠み、春を十二分に感じてみてはいかがでしょうか。

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