加藤剛さんが死去。死因や残された妻や子・出演作品を総まとめ!

俳優の加藤剛さんが6月18日に死去されました。さまざまな作品に出演し、日本の映像界を支えてきたと言える名俳優・加藤剛さんですが、その死去した死因は何だったのか調べました。また、その長い俳優人生を支えた家族である、妻や子供についてもまとめました。

加藤剛さんが死去。死因や残された妻や子・出演作品を総まとめ!

目次

  1. 俳優加藤剛さんが死去した理由は?出演作や家族について
  2. 死去された加藤剛さんのプロフィール
  3. 日本の映画界を支えてきた加藤剛さんの代表作品は?
  4. 代表作だけじゃない!沢山の作品に名を残した俳優加藤剛さん
  5. 大往生!80歳で死去した加藤剛さんの死因は?
  6. 子供たちに残した父としての言葉とは?
  7. 加藤剛さんを支えてきた妻とはどんな人?
  8. 加藤剛さんの背中を見て役者を志した長男・夏原諒さんとは
  9. 父の後を歩んだ加藤剛さんの次男・加藤頼さんとは?
  10. 加藤剛さんの作品と死去の理由について【まとめ】

俳優加藤剛さんが死去した理由は?出演作や家族について

日本の名俳優・加藤剛さんの死因について迫る!

6月18日午前10時11分に、俳優の加藤剛さんが死去されました。多くの映画作品や映像作品に出演し、日本の映像界を支えてきた名俳優の加藤剛さんの死に、世界中から悲しみの声が上がっています。代表作である『大岡越前』などは、知らない人はいないのではないか、と言うほどに約30年間もお茶の間を楽しませてくれた作品ではないでしょうか。

この記事では、そんな役者人生一筋だった加藤剛さんの、出演作品と、亡くなられた死因についてまとめました。また、加藤剛さんの役者人生を支えた家族がどんな人たちなのか、というところも合わせて調べました。役者一家でもある、加藤剛さんの妻や、残された子供たちは一体どんな人たちなのでしょうか?合わせてみて行きましょう。

死去された加藤剛さんのプロフィール

役者一本の真面目な加藤剛さんはどんな人だった?

ここでは、6月に死去された加藤剛さんがどんな人だったかをまとめていきます。タバコもお酒もギャンブルもしなかったという、真面目な加藤剛さんのプロフィールです。

加藤剛(かとうごう)さんは1938年2月4日生まれの静岡県榛原郡白羽村(現在は御前崎市)出身の俳優です。2018年6月18日に死去されています。本名は、同じく加藤剛と書いて、かとうたけしさんと読みます。身長173cm体重70kgで、俳優座に所属していました。2001年には、紫綬褒章(しじゅほうしょう)を受章し、2008年には旭日小(きょくじつしょう)綬章を受章しています。

加藤剛さんの父親は教師で、息子である加藤剛さんを医者にしたかったそうですが、戦争もあったことから、夫を戦争で亡くした姉のいる東京の文京区に。中学3年生の時に上京しました。そこから、なにか演劇や映画に携わる仕事がしたい、と思っていた矢先、高校の時にたまたま先輩に声をかけられ、演劇の舞台に立ったのが初舞台だったようです。

日本の映画界を支えてきた加藤剛さんの代表作品は?

1962年から始まった加藤剛さんの役者人生の代表作品

大学4年の時に、倍率20倍を勝ち取って、俳優座の養成所に入所した加藤剛さんは、1962年のTBS系列のテレビドラマ『人間の條件』に出演します。そこでは原作者から、「テレビ映画の優れた主演者」という言葉をもらうほど、その役を忠実に演じたようです。この映画に出るために、俳優座養成所は1年休学し、13期生として卒業しています。

加藤剛さんが死去されてから、さまざまな人がネット上でも口にしている代表作と言える作品は、1974年の『砂の器』と言う映画と、やはりお茶の間の人気作である『大岡越前』ではないでしょうか?この『大岡越前』は、1970年から1999年までの全402話と、2006年のスペシャル1本作品に、江戸中期の幕臣であり大名の大岡忠相という役で約29年間主役を演じました。

この加藤剛さんの爽やかなルックスと良く通る声、そして毎回すっきりする内容で、『水戸黄門』や『江戸を斬る』と言う作品と並ぶ、大人気作品でした。ずっと同じ役者が30年近く同じ役を演じると言うことはなかなかあることではなく、それだけ加藤剛さんの人柄と、役者魂が込められた作品だったのではないでしょうか。加藤剛さんの顔を見たら、『大岡越前』と分かる作品です。

2017年スペシャル版『大岡越前』にも出演した加藤剛さん

2017年の新春お正月ドラマとしてBSで『大岡越前スペシャル 白洲に咲いた真実』にも出演した加藤剛さんは、この時 風間五郎左衛門役でした。この作品が死去される前の『大岡越前』での最後の出演となってしまいましたが、実はこの作品では、加藤剛さんの子供である加藤頼さんと親子共演しています。役者人生の中で、ともに役者として存在している家族としては嬉しい出来事だったかもしれません。

代表作だけじゃない!沢山の作品に名を残した俳優加藤剛さん

その他の加藤剛さんを彩る出演作品は?

加藤剛さんの代表作については、少しまとめましたが、ここではその他の作品をご紹介していきます。まずは、1976年のNHK大河ドラマ『風と雲と虹と』での平将門役です。この気迫に満ちた表情も、思わず見入ってしまうのではないでしょうか。

そして、1980年の『獅子の時代』もNHKの大河ドラマでした。こちらは、幕末・明治維新を戦争の勝者である薩摩藩の苅谷嘉顕役に加藤剛さん、そして架空の人物である会津藩の下級武士の平沼銑次役に菅原文太さんという豪華キャストでした。勝者と敗者がどうやって行きぬいて行くのかという二極な人物の生き様を描いた作品は、まだ覚えている人も多いようです。

1981年のTBS系列のテレビドラマの『関ヶ原』では石田三成役を演じています。こちらもやはり、ドラマの中でも主要人物を演じることが多かった加藤剛さんの、作品と言えば挙げられる人が多いようです。それにしても、着物も似合いますが、キリっとした表情が、とても目を惹く加藤剛さんは、振り返ってみても作品の重要なキーポイントになる俳優だったと言えるでしょう。

晩年は現代作品にも出演していた加藤剛さん

2013年には三浦しをんさんの作品である『船を編む』と言う映画にも出演しています。この作品では、『大渡海』と言う『広辞苑』のような辞書を作って行く中で、その『大渡海』を監修している老国語学者の松本朋佑役を演じていました。映画の中でも、ポイントとなる言葉を多く発する役で、加藤剛さんの柔らかで大らかな雰囲気が良く出ていた作品です。

加藤剛さんの最後の作品となった作品

テレビドラマの最後の作品は子供である加藤頼さんと親子共演した2017年の『大岡越前』スペシャルでしたが、映画は2018年公開の『今夜、ロマンス劇場で』と言う作品のようです。

もう映画館での上演は終わってしまったかと思いますが、これからDVDで発売されるでしょうから、最後の加藤剛さんの演技を観るのもおすすめです。こう考えると、本当に死去する間際まで役者として生きていた事が分かるでしょう。公開は2018年の2月ですから、撮影は2017年に終わっていたとしても、80歳まで演技人として生きた加藤剛さんの人生は、本当に役者一筋と言えそうです。

大往生!80歳で死去した加藤剛さんの死因は?

気になる加藤剛さんの死去した死因とは?

2018年の6月18日に死去されていた加藤剛さんの、死因についいてここではまとめて行きましょう。亡くなられた時の年齢が80歳ということですので、長生きとも言える加藤剛さん。亡くなられた死因については、胆囊(たんのう)がんだったようです。

それでも、晩年に自身の子供である加藤頼さんと共演できた加藤剛さんの心中はどうだったのか、気になるところではあるかもしれません。あまりバラエティ番組には出ない加藤剛さんでしたが、嬉しかったのではないでしょうか。

子供たちに残した父としての言葉とは?

加藤剛さんの子供・長男夏原諒さんが出したコメント

加藤剛さんが死去したというメディアへの報告で、長男の夏原諒さんが出したコメントでは、あまり多くを語らなかった加藤剛さんの、小さい頃からの言葉がつづられていました。それは、家族だけでなく、今生きている全世界の人々へも向けられている言葉とも受け取れます。

人の痛みがわかる人間になりなさい。他人の為に涙を流せる人になりなさい。そうすれば世の中に戦争という愚かなものは無くなるから。

いつから胆囊(たんのう)がんを患っていたのかまでは、公表されていませんが、晩年はがんと闘いながらも、俳優として作品に参加されていたようです。そして、加藤剛さんの子供である長男の夏原諒さんが出したコメントには、加藤剛さんが、子供たちに伝えてきた言葉がありました。加藤剛さんの人柄を表すような言葉ではないでしょうか。

加藤剛さんを支えてきた妻とはどんな人?

加藤剛さんを支えてきた女優で声優の妻・伊藤牧子さん

伊藤牧子(いとうまきこ)さんは1937年3月17日生まれの東京都四谷(現在の新宿区)出身の女優であり、声優です。夫である加藤剛さんとは、早稲田大学時代の演劇サークル「自由舞台」からの付き合いのようです。いつ頃結婚したのか、と言うところまでは公表されていませんが、結婚後は1971年の映画以降、妻として専業主婦をして支えてきたのかもしれません。

役者としてではなく妻として夫を支えた

妻である伊藤牧子さんの代表作は、『ひょっこりひょうたん島』のダンプ役で、その他にもテレビアニメ『かみなり坊やピッカリ・ビー』、映画『わんわん忠臣蔵』や『ガリバーの宇宙旅行』などのアニメ作品での声優としての活躍が多かったようです。その少し高い声は、一度聞くと耳に残る忘れられない声です。1971年には、紀伊國屋演劇賞で個人賞を受賞しています。

加藤剛さんの背中を見て役者を志した長男・夏原諒さんとは

死去した加藤剛さんとは違う道を行くかに見えた長男

夏原諒(なつはらりょう)さんは、加藤剛さんの長男で、本名を加藤大治郎(だいじろう)さんと言います。1975年6月21日生まれの43歳で俳優として活動しています。身長は177cmで、所属事務所はイザワオフィスです。

2000年代から役者として活動していますが、音大出身であったり、歌唱を得意としていたりという一面を持っています。大学卒業後は、アルトサックス奏者として活動をしていたようで、その後2003年に俳優に転向しました。「夏原」という芸名で使っている名前は、自身の誕生日が夏至出会ったところからつけられたようです。今後ミュージカルなどでもその姿が見られるかもしれません。

父の後を歩んだ加藤剛さんの次男・加藤頼さんとは?

死去した加藤剛さんの人生により近い次男

加藤頼(かとうらい)さんは、本名は小次郎(こじろう)さんと言い、1980年7月16日生まれの俳優です。2013年1月に旧芸名の頼三四郎(らいさんしろう)から改名し、現在の名前になったようです。身長170cmで血液型はO型です。成城大学卒業後、経緯は分かりませんが、劇団俳優座に所属しています。また、2006年に松崎健ん語さんとRaiKenPlusという個人劇団を結成しています。

加藤剛さんが最後の『大岡越前』への出演となった『大岡越前-卯の花が咲くとき-』では、加藤頼さんが立ち上げたRaiKenPlusが脚本を行い、第一部では、若かりし頃の大岡忠相を演じ、父のずっとやってきた役として親子共演を果たしています。加藤剛さんの晩年には一緒にテレビ出演するなどして、親子で時間を共有していたようです。

加藤剛さんの作品と死去の理由について【まとめ】

死去の原因は胆囊(たんのう)がんだった!

加藤剛さんの亡くなられた死因についてと、役者人生を飾ってきたその出演作品についてまとめてきました。数え切れないほどの作品に出演し、日本の演劇界を支えてきた名俳優の死に、悲しみの声はまだ続いています。そして、その役者人生を支えてきた、家族である妻や子供についても調べました。一家が役者と言うこともあり、加藤剛さんの見せてきた役者魂は続いて行くことでしょう。

死去された加藤剛さんの冥福を祈る

長い役者人生に幕を下ろした加藤剛さんですが、その人生は本当に役者一色でした。その真っすぐな俳優としての姿勢は、多くの視聴者の心に刻まれていることでしょう。加藤剛さんのご冥福を祈りながら、出演作を振り返り、是非作品を観てみてください!役者として活躍中の加藤剛さんの子供も応援して行きましょう。

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2018-09-20 時点

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