尾畠春夫さんの過去の経歴が凄い!行方不明の第一発見者の性格やプロフィール!

2歳の男の子が行方不明になり、懸命の捜索が続く中、ボランティアで捜索に参加された尾畠春夫さんが無事に男の子を発見しました。男の子を見事に発見した尾畠春夫さんの過去や経歴がすごいと噂です。尾畠春夫さんについて詳しく調べてみましたので紹介します。

尾畠春夫さんの過去の経歴が凄い!行方不明の第一発見者の性格やプロフィール!

目次

  1. 尾畠春夫さんのプロフィール
  2. 男の子が行方不明になった経緯は?
  3. 2日間の捜索では見つけることができなかった
  4. 尾畠春夫さんはなぜ見つけることができたのか
  5. 警察からは尾畠春夫さんに感謝状が贈られた
  6. ネットではスーパーボランティアと賞賛の嵐
  7. まとめ:尾畠春夫さんは経歴も過去もすごかった!

尾畠春夫さんのプロフィール

行方不明になっていた2歳の男の子をボランティアで捜索に参加された尾畠春夫さんが発見しました。尾畠春夫さんとはどのような人なのでしょうか。尾畠春夫さんについて紹介します。

尾畠春夫さんの過去の経歴

尾畠春夫さんですが、正確な生年月日などは分かりませんが、現在の年齢は78歳だそうです。大分県別府市にお住まいで、もともとは鮮魚店を営んで折られたそうです。趣味は登山だそうで、40歳から登山を始めて58歳の時に北アルプスの55山を単独で制覇されたそうです。尾畠春夫さんは現在、ボランティアで由布岳の登山道の整備などもされています。

すごすぎる尾畠春夫さんの過去のボランティア歴

登山道の整備のボランティアだけではなく、尾畠春夫さんはこれまでにさまざまな形でボランティアに携わってきました。2011年に起きた東日本大震災の後には、被害の大きかった宮城県の南三陸町にボランティアで入り、南三陸町から依頼されて、被災地で人々の思い出の品を探す「思い出探し隊」の隊長として活躍されていたこともあるようです。

尾畠春夫さんはこの「思い出探し隊」の隊長としてインタビューを受けたことがありますが、困っている人がいれば手をさしのべるのは当たり前のこと、と答えておられたそうです。尾畠春夫さんは南三陸町でがれきをかきわけながら、被災者の大切な思い出の品を数多く見つけ出し、持ち主に返す活動をされたそうです。

尾畠春夫さんは「思い出探し隊」の隊長だけでなく、東日本大震災のことを忘れて欲しくないと訴えながら、徒歩で大分から東北までを徒歩で歩く旅をされました。尾畠春夫さんは月日がたつにつれ、東日本大震災が人々の記憶から忘れられてしまうのではないかと危惧を抱いたそうです。お遍路さんの格好をして、尾畠春夫さんは出会う人々に震災のことを訴えていかれました。

スーパーボランティアとも称される尾畠春夫さんですが、自分の生まれ育った国を全部見てみたいと考え、徒歩で日本を縦断されたことがあるそうです。この時の尾畠春夫さんは1日に10時間以上は歩いたそうです。そうした強靱な体力も、ボランティアに役立っているのかもしれません。尾畠春夫さんはボランティアが必要とされれば、どこへでも行っておられるようです。

男の子が行方不明になった経緯は?

今回の2歳の男の子が行方不明になった経緯はどういうものだったのでしょうか。男の子がなぜ行方不明になったのか、その経緯について調べてみました。

2歳の藤本理稀ちゃんが行方不明になったのは、2018年8月12日の午前10時半ごろだったそうです。曾祖父の家から祖父や兄と一緒に近くの海岸へ向かったのだそうですが、藤本理稀ちゃんは家を出て100メートルほどのところで「帰る」と言い、一人で帰っていったそうです。その後ろ姿を祖父は見送っていたのですが、そのまま藤本理稀ちゃんは行方不明になりました。

藤本理稀ちゃんが家に戻ろうとしているのを祖父が見届けてほどなく、母親と他の子供たちも曾祖父の家を出て海岸へ向かおうとしたそうですが、その時に母親たちは藤本理稀ちゃんの姿を見なかったそうです。すぐに警察に捜索願が出され、県警や消防などが150人体勢で藤本理稀ちゃんの行方を捜しました。

2日間の捜索では見つけることができなかった

山口県警や消防などが12日から14日までの2日間にわたって大々的に捜索を行いましたが、藤本理稀ちゃんは見つかりませんでした。2日間はどのように捜索が行われたのでしょうか。

県警や消防などは、藤本理稀ちゃんの曾祖父の家の周囲や側溝などを中心に捜索を行ったようです。また、井戸や空き家なども調べたそうです。14日には母親が島内放送を使って藤本理稀ちゃんに呼びかけるなどのことも行いましたが、藤本理稀ちゃんは見つかりませんでした。

2日間でのべ550人が投入されて捜索が行われましたが、まったく手がかりなどもつかめず、連日暑い日が続いていたこともあり、脱水症状や熱中症なども心配されていました。ボランティアで駆けつけた尾畠春夫さんは、この14日の午後に大島町の現場に到着されたそうです。

尾畠春夫さんはなぜ見つけることができたのか

14日の午後に現場に到着された尾畠春夫さんは、翌日の早朝から藤本理稀ちゃんの捜索を開始します。そして、捜索開始から20分後に、尾畠春夫さんが藤本理稀を発見しました。これには尾畠春夫さんの過去の経歴が生きたのではないかといわれています。

尾畠春夫さんの過去の経歴が生きた?

尾畠春夫さんはかつて2016年に大分県で起きた2歳児の行方不明事件の際にも、ボランティアとして捜索活動に加わっていたそうです。尾畠春夫さんは他にもいくつかの行方不明事件の際に捜索に加わった経験があるそうです。その経験を生かし、人は下ではなく上の方に向かうはずという確信があり、藤本理稀ちゃんの居所を突き止めることができました。

県警や消防さえも見落としていた場所へと迷わず尾畠春夫さんが向かったのは、過去の経歴があったからだとご本人も言っておられます。また、日頃からボランティアで登山道の整備などを行っている経験も、役に立ったに違いありません。警察や消防は、こうしたボランティアの人たちから学ぶべきだという声もあがっているようです。

警察からは尾畠春夫さんに感謝状が贈られた

今回の藤本理稀ちゃん発見の功労者である尾畠春夫さんに対して、地元の警察署から感謝状が贈られたそうです。感謝状を贈られた尾畠春夫さんのコメントに、また感動の輪が広がっています。

藤本理稀ちゃんが発見されたのは15日の早朝のことでしたが、その15日の夕方に、尾畠春夫さんに地元の警察から感謝状が贈られたようです。この感謝状は現在、尾畠春夫さんの自宅に飾られているそうです。尾畠春夫さんはテレビのインタビューでこの感謝状は「柳井警察署の親分がくれた」と笑って話していたそうです。

尾畠春夫さんは藤本理稀ちゃんの祖父が何かお礼をしようとしてもすべて断っていました。それはボランティアをするときは人に頼ったり物をもらったりしてはいけないというポリシーが尾畠春夫さんの中にあるからなのだそうです。また、ボランティアはすべて自己責任だとも尾畠春夫さんはいいます。まさにボランティアの鑑のような対応に、賞賛が集まっています。

ネットではスーパーボランティアと賞賛の嵐

ネット上では尾畠春夫さんのことが話題になっていて、スーパーボランティアだと賞賛の嵐となっているようです。今回の尾畠春夫さんに対するSNSの反応について紹介します。

尾畠春夫さんの今回の素晴らしい活躍を見て、ネット上ではぜひ国民栄誉賞を授与してほしいという意見も少なくはないようです。尾畠春夫さんは大分県から車に食料などを積み込んで今回のボランティアに参加されました。スポーツ選手も素晴らしいですが、こうした人にこそ国民栄誉賞をという声は今後も広がっていきそうです。

尾畠春夫さんはとても紹介しきれないほどのボランティアを、特に気負ったりするようなこともなくされています。尾畠春夫さんは日本語が通じるならどこへでも行くとも仰っておられるそうです。そうした尾畠春夫さんの姿に感動した人たちがのコメントがSNSに溢れていました。

尾畠春夫さんは藤本理稀ちゃんが見つかったときに、まるで自分の孫が見つかったように涙を流して喜んでおられました。その姿を見て感動された方も多かったようです。

尾畠春夫さんはボランティアをされている方たちの中では有名な方だったようで、若いボランティアの人たちの中には、尾畠春夫さんにボランティアの心得を教えてもらった人多いようです。そうしたボランティアで尾畠春夫さんと触れあった人たちの尾畠春夫さんを賞賛する声もネット上には多く見られました。

尾畠春夫さんが捜索開始からほどなく藤本理稀ちゃんを見つけることができたのは、これまでの尾畠春夫さんのボランティア経験や人生経験などで蓄積された知識や勘によるものが大きかったようです。そうした尾畠春夫さんのこれまでの経験も含めて、ネット上では賞賛の声が溢れていました。

まとめ:尾畠春夫さんは経歴も過去もすごかった!

何の見返りも求めることなく、他県から車に食料を積み込んでボランティアで捜索に加わった尾畠春夫さんですが、これからも困った人がいれば、どこへでも行ってボランティアをさせてもらうと仰っています。

尾畠春夫さんの過去のボランティア経歴もすごく、まさにスーパーボランティアという言葉がぴったりと当てはまるでしょう。しかし、尾畠春夫さんはこれからもボランティアを続けていくと宣言されています。そんな尾畠春夫さんの姿を見て、背筋が伸びた人も多かったのではないでしょうか。尾畠春夫さんの今後の活動にも注目が集まります。

こちらの関連記事もおすすめ

アクセスランキング

2018-09-21 時点

新着一覧