女優・仁和令子さんが死去!「必殺シリーズ」での活躍や死因について!

女優の仁和令子さんが死去されたというニュースが入ってきました。仁和令子さんといえば、必殺シリーズなどで活躍されたことで有名ですが、死因はどのようなものだったのでしょうか。仁和令子さんの女優としての活躍やその死去について詳しく紹介します。

女優・仁和令子さんが死去!「必殺シリーズ」での活躍や死因について!

目次

  1. 死去された仁和令子さんのプロフィール
  2. 仁和令子さんが出演された作品
  3. 必殺シリーズでも活躍された仁和令子さん
  4. 仁和令子さんの死因は肝不全?
  5. 葬儀は親族だけですでに終えている
  6. 仁和令子さんの死去にSNSの反応は?
  7. まとめ:仁和令子さんは肝不全で死去された

死去された仁和令子さんのプロフィール

突然に死去のニュースが飛び込んできた仁和令子さんですが、どのような人だったのでしょうか。仁和令子さんのプロフィールについて詳しく紹介しましょう。

死去された仁和令子さんはこんな人

仁和令子さんは2018年7月5日に大阪府吹田市で生まれました。仁和令子さんが芸能界に入るきっかけは、東京パンチョスのリーダーであり音楽プロデューサーでもあるチャーリー石黒さんにスカウトされたことでした。仁和令子さんは大阪から東京へと上京し、芸能人が多く通う高校で知られる堀越高等学校に入学されました。

仁和令子さんは、実は改名の多い女優としても知られています。デビュー当初は「小板チサ子」として活動していましたが、しばらくすると「小坂知子」に改名されます。「銭形平次」に出演されていた頃は、主演の大川橋蔵さんから命名され「久永智子」となりました。さらにその後、事務所を移籍したのを機に「仁和令子」に改名されたといいます。

仁和令子さんは女優として活動する一方で、歌手としてもデビューされています。歌手デビューは1984年で「TOKYOワルツ」という曲でした。実はこの曲の作曲者であるシンガーソングライターの佐藤隆さんと、仁和令子さんは結婚されます。そして、1986年年に一度芸能界を引退されました。

仁和令子さんが出演された作品

仁和令子さんは女優として数多くの作品に出演されてきました。その代表的な作品について画像とともに紹介していきましょう。仁和令子さんはどのような作品に出演されたのでしょうか。

仁和令子さんの出演作品画像①

仁和令子さんの女優としてのデビュー作品は「仮面ライダーX」になります。仁和令子さんはこの「仮面ライダーX]でヒロインのチコ役を演じられました。この当時、仁和令子さんは16歳の高校生だったようです。仁和令子さんが登場されたのは15話からでしたが、その愛らしい姿に人気が集まりました。

仁和令子さんの出演作品画像②

1978年には仁和令子さんは「宇宙からのメッセージ・銀河大戦」に出演され、ヒミメ王女役を演じられました。これは全27話の特撮ドラマで、仁和令子さんが演じたヒミメ王女の美しさには賞賛が集まったようです。この作品は真田広之さんが主演されていたことでも知られ、日本では今ひとつの人気だったようですが、フランスで放送されて人気となった作品です。

仁和令子さんの出演作品画像③

仁和令子さんは時代劇にも数多く出演されていますが、TBSの人気時代劇「江戸を斬るⅤ」にも出演されています。仁和令子さんはこの作品で、軽業師のお志乃を演じています。仁和令子さんが演じたお志乃は、事情があって殺されかけたところを西郷輝彦さんが演じる主役の金四郎に助けられ、料理屋の「まさご」の女中として働くという役だったようです。

必殺シリーズでも活躍された仁和令子さん

仁和令子さんといえば、必殺シリーズで活躍されたことでも有名ですが、必殺シリーズでは仁和令子さんはどのような役を演じたのでしょうか。必殺シリーズでの仁和令子さんについて画像も交えて紹介します。

必殺シリーズでの仁和令子さん画像①

必殺シリーズは朝日放送と松竹京都映画撮影所が制作している人気の時代劇ドラマです。原作としては池波正太郎さんの小説があるようですが、一部を除いては完全にオリジナルの作品となっているようです。表向きは武士や職人などの仕事を持つ者たちが、裏の稼業として金銭と引き替えに依頼者の恨みを晴らすというのが毎回の基本の物語になっています。

必殺シリーズでの仁和令子さん画像②

必殺シリーズは基本的に一話完結の物語となっていますので、仁和令子さんが出演されているのは、レギュラーメンバーとしてではなく、その物語のみの登場人物であることが多かったようです。しかし、登場回数は非常に多く、必殺シリーズで仁和令子さんが重宝された女優であることが分かります。

必殺シリーズでの仁和令子さん画像③

仁和令子さんが初めて必殺シリーズに登場したのは、1977年年の「新・必殺仕置人」で、この時の主演は山崎努さんでした。他にも中村嘉葎雄さんや火野正平さん、藤田まことさん、中尾ミエさんらが出演されていたようです。仁和令子さんが出演されたのは、第12話「親切無用」と第32話の「阿呆無用」でした。

仁和令子さんの死因は肝不全?

死去された仁和令子さんの死因ですが、判明しているのでしょうか。一部では肝不全といわれていますが、本当のところはどうなのでしょう。死去された仁和令子さんの死因について調べてみました。

死去された仁和令子さんの死因は?

死去された仁和令子さんの死因についてですが、やはり肝不全だったようです。仁和令子さんはご主人によると、2018年の5月に末期ガンが判明したそうです。そしてすぐに入院され、闘病生活に入られたのですが、末期ガンということで状況は芳しくなかったようです。そして、闘病のかいもなく、2018年の7月5日に肝不全が死因で死去されたそうです。

仁和令子さんの死因となった肝不全という病気ですが、肝臓の機能が著しく低下して肝臓の役目が果たされなくなってしまう状態をいいます。おそらく肝不全になった原因は、末期ガンだと考えられます。ガンも肝臓にあったのだとしたら、沈黙の臓器といわれている肝臓ですから、発見が遅くなってしまったのも仕方がないのかもしれません。

しかも末期ガンともなれば、身体のあちこちにガンが転移していた可能性もあります。その結果、肝臓の機能が働かなくなり、それが原因となって肝不全が起こったことが考えられるでしょう。また、死因が肝不全とされた場合、実際にはガンが原因での死去であることも多いようです。ガンが死去の原因と公表したくない場合に肝不全という病名を使うこともあるそうです。

葬儀は親族だけですでに終えている

2018年の7月5日に肝不全で死去されていたことが判明した仁和令子さんですが、すでに葬儀は親族だけで終えているそうです。仁和令子さんの死去について、夫である佐藤隆さんが発表されたコメントについて紹介します。

仁和令子さんの死去に夫は?

仁和令子さんが死去されたのは7月5日ですが、それを夫のシンガーソングライターの佐藤隆さんが公表されたのは1ヶ月以上経った8月21日のことでした。夫の佐藤隆さんは、仁和令子さんの死去をフェイスブックで公表されています。死去の報告までに時間がかかったのは、49日が終わるのを待ってから公表したかったということのようです。

仁和令子さんお夫の佐藤隆さんは、妻の死去について、医師も可能な限りの治療をしてくれていたことを報告されました。しかし、ガンが発見されるのがあまりにも遅すぎ、すでに末期の状態となっていたため、どのような治療も効果をあげなかったようでした。入院して52日後に、妻の仁和令子さんは旅立ったということを、佐藤隆さんは報告しています。

夫の佐藤隆さんは、仁和令子さんの死去の報告が遅れたことをフェイスブックで謝罪しています。しかし、その代わりに、「佐藤知佐子」として49日間、家族のそばにいてくれたという気持ちも吐露されています。そして女優の「仁和令子」がファンの記憶の中に末永く生きていて欲しいということも、佐藤隆さんは伝えておられます。

仁和令子さんの死去にSNSの反応は?

仁和令子さんの死去に対して、TwitterなどのSNSではどのような反応があるのでしょうか。仁和令子さんの死去に対するTwitterの反応を調べてみました。

昔から仁和令子さんを知るファンたちは、あまりにも早すぎる死に食を受けているようです。仁和令子さんの年齢はまだ60歳でしたので、あまりにも早すぎる死去でした。

仁和令子さんはInstagramも開設されており、近年の写真なども投稿されていますが、本当に最後まで美しい人でした。美人薄命という言葉は、まさに仁和令子さんのためにある言葉といえるのかもしれません。

仁和令子さんの死去によって、かつて仁和令子さんが出演していた作品の名シーンを思い出される方も多かったようです。仁和令子さんは見た目の美しさばかりでなく、声も魅力であったとTwitterのツイートにはありました。

まとめ:仁和令子さんは肝不全で死去された

女優として、数々の時代劇や特撮ドラマで活躍された仁和令子さんですが、60歳という若さで亡くなられてしまいました。その死因は肝不全といわれていますが、発見時には末期だったガンが原因と考えられます。

仁和令子さんは残念ながら死去されてしまいましたが、その作品は人々の記憶とともにこれからも残り続けることでしょう。仁和令子さんのご冥福を心よりお祈りします。

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2018-10-18 時点

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