DeNA後藤武敏が引退!松坂世代の引退理由やゴメスと呼ばれた由来を調査!

横浜DeNAベイスターズで活躍した後藤武敏が今シーズンで引退することになりました。ゴメスの愛称で親しまれ、選手にもファンにも愛された後藤武敏はなぜ引退するのでしょうか。後藤武敏の引退理由や年俸、なぜゴメスと呼ばれるようになったかなどをご紹介します。

DeNA後藤武敏が引退!松坂世代の引退理由やゴメスと呼ばれた由来を調査!

目次

  1. 愛されキャラの人気者・後藤武敏が引退!?
  2. 『ゴメス』の愛称はどのようにして付けられた?
  3. 後藤武敏が今季で引退!?その理由は?
  4. 頑張る力となった家族の存在!
  5. 後藤武敏引退にファンのコメントは?
  6. まとめ:ゴメス後藤武敏をこれからも応援しよう!

愛されキャラの人気者・後藤武敏が引退!?

今季で引退の後藤武敏プロフィール

『G後藤武敏(ゴメスごとうたけとし)』こと後藤武敏は、1980年6月5日生まれの静岡県出身のプロ野球選手です。176㎝86㎏のガッシリした体格で、スラッガーとして活躍していました。中学時代からシニアリーグで準優勝するなど、将来有望とされていた注目の選手でした。ちなみにリトルシニアの後輩には、俳優の野久保直樹がいたそうです。

優しい性格

後藤武敏は性格がとてもよいと言われています。温厚で優しく、ファンからサインや写真を求められたときも笑顔で応えるそうです。平和主義で、試合中に乱闘騒ぎになったときは荒れる外国人選手を制したり、首脳陣をなだめたりする姿もよく見られました。

さらに、とても明るい性格でチームのムードメーカーでもあります。プロ野球生活16年のうち一度移籍したのですが、そのどちらのチームからも愛されるという珍しいケースでもあります。とにかくノリの良さと人柄の良さが際立っている、愛されキャラ・後藤武敏です。

横浜高校時代は松坂大輔と共にチームに貢献

後藤武敏は『松坂世代』と呼ばれる、多くのプロ野球選手を輩出した世代のうちの1人です。後藤武敏は横浜高校に入学し、1年生でベンチ入りを果たしました。3年生では、松坂世代である松坂大輔や小池正晃とともに、第70回・80回全国高校野球甲子園で強豪校・横浜高校を春夏連覇へ導きました。

西武時代の活躍

高校卒業後は法政大学へ進み野球を続けました。大学野球のリーグ戦でも常に安定した成績をおさめ、2002年のドラフト会議では、自由獲得枠で西武ライオンズに入団しました。後藤武敏は入団した年の開幕戦で4番打者になり、打率は3割を超えるなど、幸先の良いスタートを切りました。

その後は好調期と不調期の波が激しく、西武在籍時には一軍と二軍を行ったり来たりしていましたが、2011年、ついに打率は1割となりました。その年11月に横浜DeNAベイスターズ・武山真吾とのトレードで、DeNAに移籍することが決まりました。

DeNA時代の活躍

移籍した2012年は後半から調子が安定し、一軍昇格となりました。2013年の9月、月間打率が4割を越え、DeNAに移籍して以来初めてお立ち台でヒーローインタビューを受けたのです。その後も好調期がありましたが、すぐに怪我で登録抹消になってしまったり二軍落ちになるなど、調子がいまひとつ安定していませんでした。

2015年からは代打で起用されることが増えました。相変わらず、特大ホームランを打って活躍した数日後には、肉離れで降格など波乱に満ちたDeNA時代でした。後藤武敏は調子が悪いときでも、持前のポテンシャルの高さで必ず這い上がるような選手だったのです。

後藤武敏選手の特大ホームランを動画で見てみよう!

こちらが、後藤武敏がヤクルト石川投手から放った特大ホームランです。軽く打っていますが、レフトスタンドの最上段まで飛んだ大きな当たりになりました。さすがはスラッガー後藤武敏です。

『ゴメス』の愛称はどのようにして付けられた?

『ゴメス』の名付け親は横浜DeNAベイスターズの後輩

後藤武敏は『ゴメス』と呼ばれています。しかもゴメスというのは愛称に留まらず、登録名にも使われているのです。この愛称は、DeNAに移籍した年のキャンプ中につけられました。練習に遅れてきた松本啓二朗が後藤武敏に「ごめーんす」と謝ったのを、一緒にいた石川雄洋が「ゴメス」と聞き間違えたことから始まりました。

聞き間違いから付けられたゴメスという愛称が気に入ったという理由で、後藤武敏はその後自らゴメスと名乗るようになりました。そして2015年の登録を『後藤武敏G.(ごとうたけとしゴメス)』にしたのです。

毎年変化する後藤武敏の登録名

後藤武敏は2015年に登録名を『後藤武敏.G』にしてから、今季に至るまで毎年登録名を変更しています。2016年には『後藤 G 武敏』、2017年には『G.後藤武敏』、そして今年2018年は『G 後藤武敏』としています。Gの位置やドットの有無などに意味があるのかわかりませんが、後藤武敏なりの理由があったのでしょう。この登録名の変更は大きな話題を呼びました。

後藤武敏が『ゴメス』と呼ばれて良かったこと

後藤武敏がのちのインタビューで「ゴメスと呼ばれてよかった」と回答しています。それはゴメスがきっかけで、DeNAのチームメイトとすぐに打ち解けることができたからだそうです。ファンのゴメスコールで盛り上げてもらえることもありました。「ごめーんす」と言ってくれた松本啓二朗に感謝していることでしょう。

登録名を変えると成績が上がる!?

ちなみに、登録名の変更にはゲン担ぎのような意味があるそうです。かつてメジャーで活躍したイチロー選手は鈴木一朗からイチローに変え成績が上がりました。現在西武ライオンズに所属している松井稼頭央(まついかずお)も、本名は松井和夫でした。後藤武敏も、低迷していた自分に気合を入れるべく、毎年登録名を変更しているのでしょう。

後藤武敏が今季で引退!?その理由は?

思うようなプレーができなくなった

ゴメスの愛称で親しまれた後藤武敏が引退を決めた理由は、「体が思うように動かなくなったから」でした。プロ入団当初から故障が多く、決して強靭だったとは言えない後藤武敏は、ついに自分自身に限界を感じたのかも知れません。長打が売りであるにも関わらず、納得のいくバッティングができなくなったことが、最大の理由のようです。

「そろそろ引退?」と囁かれたことも

実は後藤武敏は2016年にも「そろそろ引退?」と噂されていたことがありました。2015年から代打出場がほとんどになり、2016年の出場はわずか27試合でした。翌年は愛されキャラゆえにチームに残ることになりましたが、ついに2017年には打率1割となり、スラッガーであるにもかかわらず長打が出なくなりました。そこで自ら引退を決意したのでしょう。

後藤武敏の年俸はどのくらい?

ケガを繰り返し、第一線で活躍していた選手ではなかったため、後藤武敏の年俸はかなり安いと言えるでしょう。2003年西武ライオンズに入団した年の年俸は1500万円でした。その後も成績に合わせてアップダウンを繰り返し、西武時代で最も年俸の多いときで2550万円でした。

DeNAに移籍した年の年俸は1700万円です。移籍後はほとんど活躍できず、アップダウンを繰り返した結果、2018年の年俸は1890万円となっています。話題になるような目覚ましい活躍ではありませんでしたが、チームに貢献し、そこそこの年俸を貰っていた選手です。

投手の加賀繁も引退

今シーズンでDeNAから引退するのは後藤武敏だけではありません。2010年、DeNAに入団してから投手して活躍していた加賀繁もまた、今季限りで引退となりました。独特の投球フォームが話題の選手でしたが、後藤武敏とともに引退します。力のある若手が増え、世代交代のときがきているのかも知れません。

松坂との直接対決は叶う!?

ファンが今、もっとも気になっているのは、高校時代に同じ横浜高校のチームメイトとして戦った松坂との直接対決でしょう。後藤武敏は2017年に松坂が中日に移籍した際、松坂との直接対決を自らの夢としてここまで頑張ってきました。9月21日、22日の中日戦でその夢が叶うのでしょうか。

頑張る力となった家族の存在!

後藤武敏を支えた妻!

引退を決めた後藤武敏には、いつも支えてくれる妻・英里さんの存在がありました。おそらく一般の方で情報はほとんど公開されていません。しかし法政大学時代から始まった交際が6年間続いた末の結婚というエピソードから、かなり一途であることがわかりますね。

息子は亡くなった母の生まれ代わり?

後藤武敏に関して、とても家族思いであるエピソードもありました。後藤武敏の母親あや子さんが57歳で亡くなった1ヵ月後に、息子が生まれたそうです。その息子があや子さんの生まれ変わりだと信じた後藤武敏は、輪廻(りんね)の『輪』を取り『輪太郎』と名付けたそうです。後藤武敏が亡くなった母親をとても大事にしていたのがわかる名前の付け方です。

2人の子供たちはパパが頑張る原動力!

後藤武敏は、長男・輪太郎くんが誕生した翌日の試合で2本のホームランを打ちました。さらに、輪太郎くんの6歳の誕生日にもホームランを1本打っています。息子のために頑張る!その気持ちが後藤武敏を奮い立たせているのでしょう。2011年には長女も誕生しました。後藤武敏の野球人生を支えてきたのはまさに家族だったのではないでしょうか。

後藤武敏引退にファンのコメントは?

「いい選手だった」

人柄の良さはファンにも伝わっており、後藤武敏の引退をとても温かく見守っているようです。また、西武時代の活躍を知っている人は、後藤武敏は技術的にもとても優れていて、素晴らしい選手だったと評価しています。

ファンから愛された選手

それほど目立った活躍がなかったものの、いつもチームを明るく盛り上げてくれた後藤武敏。確かに引退するにはまだ少しだけ早いかもしれませんが、後藤武敏の野球人生がこれで終わりではないと信じて、ファンは送り出すのでしょう。

まとめ:ゴメス後藤武敏をこれからも応援しよう!

今季で引退を決めたゴメスこと後藤武敏の、引退理由やゴメスと呼ばれた理由、年俸や家族についてまとめてきました。西武ライオンズに入団して以来、温厚な性格でチームを和やかなムードにしてきた後藤武敏、もちろんチームの勝利にもしっかり貢献してきました。後藤武敏の選手生活は終わりますが、また次のステージでの活躍に期待しましょう。

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