山本KID徳郁さん死去!死因はガン?これまでの経歴や家族は?画像あり

格闘家として活躍された山本KID徳郁さんが死去されました。つい先日、ガンで闘病されていることを公表された矢先のことでした。山本KID徳郁さん死去に関するこれまでの経緯や余命宣告、経歴や家族についてなど、画像を交えて紹介します。

山本KID徳郁さん死去!死因はガン?これまでの経歴や家族は?画像あり

目次

  1. 死去された山本KID徳郁さんのプロフィール
  2. ガンとの闘病を公表していた山本KID徳郁さん
  3. 所属ジムが山本KID徳郁さんの死去を公表
  4. 山本KID徳郁さんの家族はレスリング一家
  5. 死去された山本KID徳郁さんの嫁は?
  6. 魔裟斗さんとの再戦を望んでいた山本KID徳郁さん
  7. 山本KID徳郁さん死去に各方面からも追悼の言葉が
  8. まとめ:山本KID徳郁さんはガンで死去された

死去された山本KID徳郁さんのプロフィール

死去された山本KID徳郁さんはどのような人だったのでしょうか。山本KID徳郁さんのプロフィールについて詳しく調べてみましたので紹介します。

・愛称:KID
・本名:岡部徳郁
・生年月日:1977年3月15日
・現在年齢:享年41歳
・出身地:神奈川県川崎市
・血液型:B型
・身長:163センチ
・体重:61kg
・活動内容:男性総合格闘家
・所属グループ:なし
・事務所:KRAZY BEE
・家族構成:妻、子供、父(山本郁榮)、姉(山本美憂)、妹(山本聖子)、義弟(ダルビッシュ有)

山本KID徳郁さんはレスリング選手だった父を持ち、5歳の頃からレスリングのトレーニングに励んできたといいます。練習は厳しく、正月も誕生日もないような日々だったようです。ただ、試合に勝ったときにはおもちゃなどの好きなものを買ってもらえたそうで、それが正月や誕生日の代わりのようになっていたそうです。

山本KID徳郁さんの母は1999年に亡くなられています。ご自身もレスリング選手の経験があり、審判の資格も持っておられたそうです。山本KID徳郁さんの母は3人の子供たちの栄養などを考え、いつも美味しい料理を作ってくれていたようです。母を失った後、山本KID徳郁さんは相当に落ち込んだといいます。

山本KID徳郁さんは高校時代には単身でアメリカに渡り、レスリングの武者修行を行っていたそうです。アリゾナ州の王者に3度輝くなどされた山本KID徳郁さんですが、大学入学のために帰国されます。山本KID徳郁さんはレスリングの強豪としても知られる山梨学院大学に進学され、シドニーオリンピックを目指しますが、オリンピック出場はなりませんでした。

山本KID徳郁さんにとってオリンピック出場は夢でしたが、それが叶わなかったことで、山本KID徳郁さんは総合格闘技に転向されます。2005年にはHERO'Sのミドル級で優勝し、世界王者にもなっています。山本KID徳郁さんはHERO'Sのほか、K1やDREAM、UFCなどでも活躍し、数々の伝説に残るファイトを人々の記憶に残しました。

ガンとの闘病を公表していた山本KID徳郁さん

ガンとの闘病を山本KID徳郁さんが告白されたのは、2018年の8月26日のことでした。山本KID徳郁さんのガンについて調べてみましたので紹介します。

山本KID徳郁さんがガンを公表されたのは、ご自身のインスタグラムでのことでした。それまでも激やせなどが話題となり、何か余命に関わる病気ではないかという噂もあったようです。このインスタ記事で山本KID徳郁さんはガンの闘病中であることを公表されますが、ガンの種類や余命宣告の有無については公表されませんでした。

余命宣告も受けていた模様

山本KID徳郁さんの余命があまりないのではないかと噂になったのは、こちらの画像が公開されてからでした。かつての山本KID徳郁さんの面影が見られないほどに痩せてしまっています。ガン闘病の告白後に公開された画像でしたが、さすがに余命宣告されるほど進行してしまったガンではないかという噂が広がりました。

実際に山本KID徳郁さんが余命宣告を受けていたのかどうかは定かではありません。しかし、山本KID徳郁さんのインスタには家族と過ごす写真が数多く残されています。自らの余命を知っていたからこそ、家族との時間をいっそう大切にしたのではとも考えられます。山本KID徳郁さんは日本を離れ、グアムで療養生活を送っていました。

山本KID徳郁さんのガンは余命が短いとされる消化器系のガンではないかといわれています。消化器系のガンはその発見された時期などにもよりますが、余命を宣告されるケースも多いです。しかし、余命を宣告されてもその後何年も元気に生きられる方もいます。たとえ余命を宣告されても、山本KID徳郁さんは最期まで闘病を諦めなかったことが考えられます。

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所属ジムが山本KID徳郁さんの死去を公表

山本KID徳郁さんの死去は、所属するジムによって公表されました。山本KID徳郁さんの所属ジムの「KRAZY BEE」とはどのようなジムなのでしょうか。

こちらが山本KID徳郁さんの所属ジムが死去を公表したツイートになります。山本KID徳郁さんの所属ジム「KRAZY BEE」は、山本KID徳郁さんが主宰する総合格闘技のジムだそうです。2008年に立ち上げられたこの山本KID徳郁さん所属ジムは、2017年には沖縄県にKRAZY BEE糸満がもうけられ、さらに埼玉県の越谷市にも新たなジムが誕生しました。

山本KID徳郁さんは近年は格闘技の試合でる機会は少なくなっていましたが、この所属ジムの経営に力を入れていたようです。山本KID徳郁さんの所属ジムには数多くの選手も登録し、活躍しているようです。将来的に山本KID徳郁さんの所属ジムから、山本KID徳郁さんのような伝説的な格闘家が現れる可能性もあるでしょう。

山本KID徳郁さんの所属ジムのツイートでは、家族などへの取材の自粛も呼びかけているようです。所属ジムのこの呼びかけの背景には、山本KID徳郁さんがガンを公表されてから、家族にもさまざまな取材があったからかもしれません。山本KID徳郁さんが41歳という若さで亡くなり、家族は今、静かな時間を過ごしたいと考えているはずです。

現在のところ、山本KID徳郁さんの葬儀告別式などの予定については発表されていませんが、今後お別れの会などが行われるとすれば、所属ジムを通じて発表があるでしょう。山本KID徳郁さんは格闘家仲間だけではなく、多くの人に愛された人でしたので、所属ジムも改めてファンや仲間とのお別れの会などを考えているかもしれません。

山本KID徳郁さんの家族はレスリング一家

総合格闘技などで活躍された山本KID徳郁さんですが、実は家族はレスリング一家としても知られています。山本KID徳郁さんの父、姉、そして妹について紹介します。

父はオリンピック選手だった山本郁榮さん

山本KID徳郁さんの父は1972年のミュンヘンオリンピックにレスリングの日本代表として出場した山本郁榮さんです。山本KID徳郁さんはこの父から幼少期よりレスリングを指導されます。父の教えは厳しく、山本KID徳郁さんが悪いことをすると、容赦なく体罰を与えたといいます。しかし山本KID徳郁さんは後年、この父の厳しい躾に感謝していると言っていました。

山本KID徳郁さんの父は、日本体育大学スポーツ医学研究室名誉教授などをされています。また山本KID徳郁さんの父はスポーツで一般市民の健康増進に寄与するためのNPO法人も設立されました。さらに山本KID徳郁さんの父はレスリング教室なども開催し、レスリングの普及にもつとめています。そんな父は山本KID徳郁さんの誇りともいえる存在だったようです。

姉はレスリング選手の山本美憂

山本KID徳郁さんの姉もレスリング選手です。山本KID徳郁さんの姉の山本美憂さんも、弟たちと一緒に幼少期から父にレスリングの英才教育を受けます。全日本選手権を4連覇するなど、山本KID徳郁さんの姉はその才能を少女時代から発揮していました。山本KID徳郁さんがレスリングを続けてきたのも、この姉の存在も大きかったかもしれません。

山本KID徳郁さんは姉との仲もとても良いようで、ツイッターには姉のことがたびたび登場したりします。やはり幼少期から姉とともに厳しい父の特訓に耐えてきたということもあり、姉弟の絆はとても深いものがあるようです。山本KID徳郁さんの姉は現在、レスリング選手として活躍すると共に総合格闘技の分野でも活躍しています。

妹もレスリング選手の山本聖子

山本KID徳郁さんの妹は山本聖子さんで、妹も同じくレスリング選手として活躍されています。また妹の山本聖子さんは選手だけではなく、指導者として後進の育成にもあたっているようです。姉や兄の影響を受け、妹の山本聖子さんも5歳の時からレスリングを始めたのだそうです。妹の山本聖子さんの旦那はアメリカメジャーリーグのダルビッシュ有さんです。

山本KID徳郁さんは妹とダルビッシュ有さんの交際が発覚した際、「やめてほしい」と言ったそうです。しかし、ダルビッシュ有さんが妹とは真剣交際であることを告げると安堵したのか心を開いてくれたそうです。ダルビッシュ有さんとは妹の旦那ということもありますが、妹を通してだけではなくさまざまに交流があったようです。

死去された山本KID徳郁さんの嫁は?

死去された山本KID徳郁さんは二度結婚しているそうです。元妻、そして嫁はどのような人なのでしょう。死去された山本KID徳郁さんの嫁、そして元妻について調べてみました。

元妻はモデルのMALIAさん

山本KID徳郁さんは2004年に一度目の結婚をされます。その元妻はモデルのMALIAさんです。元妻のMALIAさんはパキスタン人の父と日本人の母のハーフだそうです。元妻のMALIAさんは山本KID徳郁さんとの結婚は二度目の結婚で再婚でした。元妻のMALIAさんは山本KID徳郁さんとの間に二人の子供をもうけました。

元妻と2009年に離婚

元妻との間に子供を二人もうけ、幸せそうだった山本KID徳郁さんですが、2009年に元妻のMALIAさんと離婚されます。元妻との離婚原因は山本KID徳郁さんの金銭感覚と浮気だったということですが、真相は分かりません。元妻MALIAさんは山本KID徳郁さんと離婚後、3度目の結婚をされますが、その後再び離婚されたようです。

現在の嫁は一般女性

山本KID徳郁さんの現在の嫁ですが、2014年に結婚されます。現在の嫁は一般人ということで情報は少ないですが、ゆいさんという名前だそうです。嫁の顔は山本KID徳郁さんのインスタにもよく登場しますが、とても美人だと評判です。山本KID徳郁さんは嫁のゆいさんとの間に二人の子供をもうけています。

山本KID徳郁さんのインスタには嫁を含め、子どもたちも一緒に家族で過ごす画像が多く投稿されています。中には山本KID徳郁さんが子供の髪をとかしてあげているような画像もあります。こうしたものは嫁が撮っているのかもしれません。嫁のゆいさんは山本KID徳郁さんが怪我して入院した時も、献身的に看護してくれたそうです。

魔裟斗さんとの再戦を望んでいた山本KID徳郁さん

山本KID徳郁さんの訃報を受け、格闘家の魔裟斗さんが追悼の言葉を発表されました。山本KID徳郁さんと魔裟斗さんは幾度か対戦されていますが、二人の関係について調べてみました。

魔裟斗さんは言わずと知れたK1王者でですが、現在はタレントや俳優、スポーツ解説者などとしても活躍されています。魔裟斗さんと山本KID徳郁さんの初めての対戦は2004年の「K-1 PREMIUM 2004 Dynamite!!」でした。これは山本KID徳郁さんがリング上で魔裟斗さんに対戦要求し、それに応じる形で実現したものです。

この時の対戦では、1ラウンド目で山本KID徳郁さんが勝利したものの、その後は魔裟斗さんのペーストなり、判定勝ちで魔裟斗さんの勝利となりました。山本KID徳郁さんと魔裟斗さんの二度目の対戦は2015年の大晦日のことでした。二人の対戦は11年ぶりのことで、東日本大震災チャリティーイベント「NIPPONFIGHT」での対戦でした。

この時も山本KID徳郁さんは魔裟斗さんに判定負けしてしまいますが、試合後に山本KID徳郁さんは10年後の対戦を魔裟斗さんに申し込み、魔裟斗さんもこれに応じていました。山本KID徳郁さんの死去のしらせを受けて魔裟斗さんは「また10年後にと言っていたのに」と無念さを滲ませたコメントを発表されています。

山本KID徳郁さん死去に各方面からも追悼の言葉が

嫁が山本KID徳郁さんの妹であり、山本KID徳郁さんにとっては義弟にあたるダルビッシュ有さんも、ブログを更新して義兄の死去にコメントされました。嫁の聖子さんとの出会いの頃の話なども振り返りながら、ダルビッシュ有さんなりに死去された山本KID徳郁さんへの愛のあふれる追悼の言葉を述べられています。

山本KID徳郁さんの死去に対して各方面から追悼のコメントが相次いでいますが、国内はもとより国外の人たちからのコメントも数多く寄せられているとのことです。山本KID徳郁さんは世界でも認められている格闘家だったことが改めて感じられました。

そのほかにも、山本KID徳郁さんと対戦されたことのある須藤元気さんも、山本KID徳郁さんの死去に対してコメントを寄せられています。山本KID徳郁さんが須藤元気さんと対戦されたのは、2005年の「K-1 PREMIUM 2005 Dynamite!!」でのことでした。

まとめ:山本KID徳郁さんはガンで死去された

ガンとの闘病をインスタで公表されてから一ヵ月も経たないうちに、山本KID徳郁さんの死去が報じられました。あまりにも早すぎる死去に、各方面から悲しみのコメントが相次いでいます。山本KID徳郁さんの残した功績は大きく、これからもきっと多くファンや後輩たちに語り継がれて行くに違いありません。山本KID徳郁さんのご冥福をお祈りします。

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