寺田倉庫社長・中野善壽の経歴は?稼いだ金は全て寄付・家も車も持たない理由は?

寺田倉庫の社長の中野善壽さんは独特の経営スタイルで有名ですが、経歴はどうなっているのでしょう。また、中野善壽さんは稼いだお金を全て寄付して家も車も持っていないというのは本当なのでしょうか。寺田倉庫社長の中野善壽さんの経歴などについて詳しく調査しました。

寺田倉庫社長・中野善壽の経歴は?稼いだ金は全て寄付・家も車も持たない理由は?

目次

  1. 寺田倉庫社長の中野善壽さんの経歴は?
  2. 寺田倉庫は世界の「アートパトロン」
  3. 寺田倉庫では社員は5年でやめなければならない?
  4. 金持ちになるつもりのない寺田倉庫社長の中野善壽さん
  5. まとめ:寺田倉庫社長の中野善壽さんは型破りな社長

寺田倉庫社長の中野善壽さんの経歴は?

アートパトロンとして有名になった寺田倉庫社長の中野善壽さんですが、どのような経歴があるのでしょう。中野善壽さんの経歴について紹介します。

中野善壽さんの経歴

・愛称:???
・本名:中野善壽
・生年月日:1944年
・現在年齢:74歳
・出身地:???
・血液型:???
・身長:???
・体重:???
・活動内容:代表取締役
・所属グループ:寺田倉庫
・事務所:???
・家族構成:???

中野善壽さんの経歴の学歴ですが、千葉商科大学を卒業されています。千葉商科大学といえば、千葉県市川市にある大学で、1950年に設立されました。その前身は戦前からある旧制高商で、すでに創立80周年をこえる歴史のある大学ということになります。千葉商科大学の創設者は遠藤隆吉で、巣鴨学園の創設者でもあるそうです。

この千葉商科大学を卒業された中野善壽さんは、就職して百貨店の伊勢丹に入社し、その後、鈴屋に入社されます。そして、その鈴屋でパリやニューヨークなどの海外事業に関わり、商品開発も担当されたそうです。その後、専務を経て台湾にわたり、百貨店など海外企業の経営に携わられました。そして、2011年に寺田倉庫に入社されたそうです。

中野善壽さんが寺田倉庫の代表取締役になったのは、入社翌年の2012年のことでした。現在も中野善壽さんは台湾に在住し、台湾を拠点として世界各国に仕事でまわるという生活で、日本へは週に2日出社するという形で仕事を続けておられるそうです。2015年からは中野善壽さんは中華民国政府文化部名誉顧問にも就任されています。

寺田倉庫は世界の「アートパトロン」

寺田倉庫は中野善壽さんが経営に携わる前は、トランクルームや文書保管の倉庫として、さらには不動産事業などを行っていました。しかし、それでは行き詰まると中野善壽さんは考えたようです。

寺田倉庫の本社は東京の天王洲アイルにありますが、その周辺がかつてとは様変わりしています。天王洲アイルといえば、かつては石油や資材などの倉庫が並ぶ殺風景な場所でした。しかし今はそこにアートがあります。ポップなアートの壁画やアートギャラリー、画材のショップなどが建ち並ぶ、アートな空間に生まれ変わっています。

これを主導したのが寺田倉庫社長の中野善壽さんでした。中野善壽さんは寺田倉庫を現代アートを保管する倉庫へと生まれ変わらせた立役者でもあります。倉庫には億単位の名画なども保管されているのだとか。また、保管するばかりではなく現代アートの展示も行うなど、幅広く芸術の振興のための企業努力もされています。

特に有名なのが、スタートトゥデイの前澤友作社長が購入した123億円もの現代アート作品が、寺田倉庫に預けられているという噂です。世界中の現代アート愛好者たちが、寺田倉庫を利用し、注目しているようです。アートだけではなく、専用のソムリエによって貴重なワインの数々も倉庫に保管されていると言います。

寺田倉庫はこの現状に満足せず、2020年までにさらにアートを天王洲アイルに集中させることを考えているそうです。寺田倉庫は現在天王洲アイルにあるものに加え、20ギャラリーを集める予定なのだとか。ここにある建築倉庫ミュージアムは、日本で唯一の建築模型の保存と展示に特化したミュージアムです。

寺田倉庫では社員は5年でやめなければならない?

実は寺田倉庫の社長の中野善壽さんは社員に対して「5年でやめろ」と公言していることで有名のようです。それはいったいなぜなのでしょうか。中野善壽さんの「5年でやめろ」にはどのような理由があるのでしょう。

年に4回も入社式がある!?

寺田倉庫は人の出入りが激しい会社だということでも知られています。寺田倉庫では1年のうちに3割の社員が入れ替わるそうです。具体的には毎月2、3名の退職者があり、それと入れ替わるように2、3人が入ってくるという具合なのだそうです。寺田倉庫はもともと1000人いた社員を大規模リストラし、100人にしたといいます。

100人の3分の1が毎年入れ替わるというのは、かなり離職率が高いということになるでしょう。しかし、それは悪いことではないと寺田倉庫では考えられているそうです。社長は「5年でやめろ」と公言していることで知られています。これは人ができることには限りがあるので、5年でやめるつもりで頑張れという意味もあるのだそうです。

それだけ離職率が高いと、新入社員も粗末に扱われてしまうのではないかと考えられがちですが、寺田倉庫では年に4回、きっちり入社式を行うのだそうです。そうした儀式のようなことは大事にしているところがあるのだとか。ちなみに入社式は金屏風に紅白の幕というオーソドックスな素たるだそうです。

「5年でやめろ」と社長が公言していることもあり、寺田倉庫は常に新陳代謝が活発で、社員の平均年齢は36歳で、勤続年数は10年未満の社員が70%を締めているのだとか。ただ、やめていく人たちは皆、寺田倉庫が嫌になってやめるのではなく、会社で磨いたスキルを利用して独立したりしてやめていくのだそうです。

ただ、寺田倉庫社長の中野善壽さんは若い人の採用ばかりではなく、高齢社員の採用にも積極的なのだそうです。総務にベテランの人材が欲しいということで、60代の方を採用したこともあったそうです。さらに、日本人だけではなく、外国人の採用にも積極的なのは、海外市場で活躍してきた中野善壽さんらしいといえるかもしれません。

金持ちになるつもりのない寺田倉庫社長の中野善壽さん

社長といえば金持ちというイメージがありますが、実は寺田倉庫社長の中野善壽さんは、お金にはまったく執着がないようです。それはどういうことなのでしょうか。中野善壽さんはお金が欲しいとは考えないのでしょうか。

中野善壽さんのポリシーとは?

実は寺田倉庫社長の中野善壽さんはミニマリストとして知られています。しかも徹底したミニマリストなのだそうです。まず、中野善壽さんは寺田倉庫の社長であるにも関わらず、家を持っていないのだそうです。さらには車も持っておらず、何と腕時計も持っていないのだと言うことです。ここまで徹底したミニマリストも珍しいでしょう。

ここまで中野善壽さんがミニマリズムを徹底する理由はいったい何なのでしょうか。中野善壽さんはミニマリストであるだけでなく、貯蓄にも興味がないそうです。稼いだお金は必要最低限の金額を残し、他はすべて街作りやアートのために寄付をしてしまうのだとか。これまでの寄付金額は相当のものと考えられます。

実は寺田倉庫には社長室もないそうです。ですので、中野善壽さんは週に2日出社するときは、会社の中や周囲をうろうろしているのだそうです。。また、中野善壽さんが執務をするのは椅子のない机なのだそうです。ひとつところに落ち着きたくないというポリシーが中野善壽さんの中にあるのかもしれません。

寺田倉庫の社長の中野善壽さんですが、27年間台湾在住ですが、先述したとおりに家は持っておらず、住んでいるのはホテルなのだそうです。主に「グランドハイアット」を利用しているそうですが、その理由は「仕事に専念するため」なのだとか。ハウスクリーニングなどの雑務はすべてプロに任せたいという意図があるそうです。

家も持たず車も持たず貯蓄もせず、余分なお金はすべて寄付にまわすという究極のミニマリストの中野善壽さんですが、それゆえに常人では考えられない密度で仕事をすることができるのかもしれません。中野善壽さんの発想力は規格外ともいわれていて、次から次へと驚くべきアイデアが出てくるのだそうです。

まとめ:寺田倉庫社長の中野善壽さんは型破りな社長

寺田倉庫社長の中野善壽さんについて紹介してきました。寺田倉庫は中野善壽さんが社長になってから、1000人を100人にする大規模リストラを行い、現在も社員に「5年でやめろ」と公言するなど、かなり型破りな経営者として知られています。しかし、社員からの信頼はあつく、寺田倉庫を出て独立して成功する元社員も多いそうです。

中野善壽さんは寺田倉庫社長でありながら、究極のミニマリストで、家も持たず酒も飲まず、さらには車も腕時計も持っていないことで有名です。そんな究極のミニマリズムがある中野善壽さんだからこそ、現在の寺田倉庫の発展があるのかもしれません。寺田倉庫と中野善壽さんの今後の活躍にも期待が高まります。

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2018-11-14 時点

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