三遊亭小円朝さんが死去。死因や経歴・嫁や子供までを総まとめ!

三遊亭小円朝といえば落語会の中でも変わった経歴の持ち主ですが、家族や経歴について殆ど知られていません。そんな三遊亭小円朝が死去されてしまいました。三遊亭小円朝の死因やなぜ死去されたのか?などの経緯について調べていくことにしましょう!

三遊亭小円朝さんが死去。死因や経歴・嫁や子供までを総まとめ!

目次

  1. 死去された三遊亭小円朝プロフィール
  2. 死去した三遊亭小円朝は4代目を継いでいた
  3. 気になる三遊亭小円朝の家族とは?嫁など徹底調査!
  4. なんと三遊亭小円朝が死去してしまった!死因は?
  5. まとめ:三遊亭小円朝の死去までの経緯はインフルエンザだった

死去された三遊亭小円朝プロフィール

・愛称:???
・本名:高橋 秀帆
・生年月日:1969年6月16日
・現在年齢:49歳(死去された年齢)
・出身地:東京都豊島区
・血液型:???
・身長:???
・体重:???
・活動内容:落語
・所属グループ:???
・事務所:???
・家族構成:妻

死去した三遊亭小円朝は4代目を継いでいた

さて、ここからは三遊亭小円朝がどういった人物だったのかご紹介していくことにしましょう。意外と知られていなないところもたくさんあるかもしれません。

父は死去した三遊亭圓之助だった

三遊亭小円朝の家族は、ずっと落語家として人生を捧げてきた人が多かったようです。父親には三遊亭圓之助や、祖父と母親は漫才師として活躍されていました。落語家は笑点に出演される人だと認知されやすいですが、テレビに出演されていなくても各地方を回っている方も大勢います。

ただ、テレビなどに出て知名度がある落語家に関しては報酬がかなり違ってくるそうです。なので笑点に出ることを目標としている若手落語家もたくさんいます。三遊亭圓之助はそれほどテレビでは見かけることはありませんでしたが、舞台では愛されている落語家だったのです。

高校時代に父は死去してしまった!死因は?

落語家を父に持つ三遊亭小円朝が高校生になってから、父親は死去されてしまったのです。そのせいもあるのか、高校に通っていたものの、結局中退されてしまいます。家族全員が芸能関係で働いているものの、自分が親の跡目を継いで落語はできない、厳しいと思ってしまったため、落語にはしばらく近づいたりもしませんでした。

ネットで死因の経緯などを調べてみましたが、特にそれらしい情報は見つかりませんでした。きっと三遊亭小円朝と同じような年齢で亡くなられたことが予想されます。

一度は落語の道を諦めてしまった

小さな頃から落語の世界や芸能界の世界を見てきて憧れてはいたものの、現実はそうはいかず、高校を中退されてから運送業者や、ベビー用品をレンタルする会社など多岐にわたる仕事をされていました。しかし、ベビー用品会社の所属先で、在庫管理を任されました。

しかし、社長は商品は売り切れていることにしろといわれ、在庫管理の意味がわからない状態になってしまったのです。寒い日につけるストーブの灯油すら買ってもらえず、近くにあった適当なベビー用品を壊して燃やしてしまったそうです。会社の経営悪化がよくわかったので何も言わずに辞表を出して落語の道へと進むことに決心したのです。

諦められずに落語の道へ!

ベビー用品会社を退職してから、諦めかけていた落語への道へ進むことになりましたが、元のベビー用品会社は、辞めた直後くらいに倒産してしまったそうです。三遊亭小円朝は、1992年に10代目柳家小三治に入門されました。親が落語をやっていたからといってそんなに簡単な道でもないため、かなり模索しながら落語を覚えていったのです。

2年ほどで破門にされてしまった

せっかく憧れの落語の道へ入ったものの、2年ほど経過してから破門にされてしまいました。なぜ破門になってしまったのかと言うと、お酒による失敗が度重なったためだったそうです。一度や二度の失敗であればそれほど問題ではありませんが、何度も失敗を重ねてしまったことで、師匠に呆れられてしまい破門にされてしまいました。

破門にされてからはどうして良いのかわからず途方に暮れていたようですが、捨てる神あれば拾う神ありで父の弟弟子でもある三遊亭円橘師匠に報告すると、自分のもとで修行するか?と問いかけられ、即答で落語を続けることを選びました。

父の名を襲名したものの…

頭を下げて再度落語と向き合うことになった三遊亭小円朝でしたが、なぜか三遊亭円橘師匠から大工の見習いをしてこいと言われてしまいます。芸の肥やしになるならと一生懸命に働き、一年半後は師匠からのやる気が認められて落語修行をすることになったのです。お酒で失敗していることを聞いているからこそ、このように三遊亭小円朝を試したのでしょう。

最初は三遊亭さんぽ。と名乗っていましたが、そのうち死去した父親と同じ芸名を名乗り、そのうちに父の師匠にあたる高座名を襲名することになったのです。それが三遊亭小円朝という名前になりました。

現在三遊亭小円朝の名前はまだ襲名されていない

現在は、急に死去されてしまったため、三遊亭小円朝の名前を受け継いでいる方はいらっしゃいません。きっと三遊亭の若手落語家たちが襲名していくことになるでしょう。だれが襲名するのかもみどころです。

気になる三遊亭小円朝の家族とは?嫁など徹底調査!

落語家として死去の直前まで務めていた三遊亭小円朝ですが、全くと言っていいほどプライベートな部分が明かされていません。そんな三遊亭小円朝のプライベートな部分について調べてみることにしましょう。

嫁や結婚された時期など明らかにはなっていない

三遊亭小円朝は結婚されている既婚者でした。しかし、結婚された嫁である女性などの情報は全くと言っていいほど出てきませんでした。嫁は一般人ということもあるので、あえて嫁の情報を出すようなことはしなかったと言えます。

しかし、嫁のことはわからなくても結婚された時期などはどこかに情報がありそうなものですが、意外にも嫁との結婚された時期などもわかりませんでした。三遊亭小円朝は表立ってテレビに出演されていたわけではないので、知らない方のほうが多かったのかもしれません。

SNSもやっていないため家族は謎に包まれている

現代の世の中では、高齢の方でもSNSを駆使していて自分の情報を発信していたりしています。しかし、三遊亭小円朝はSNSなどはまったくやっていませんでした。芸能事務所などに所属されている場合は、会社の方でそういったSNSを開設するものですが、そういったこともまったくしなかったようです。

芸能事務所には所属していなかったものの、1996年からは円楽一門会に所属されていました。この会はかなり古くからあり、長らく笑点で司会をしていた三遊亭円楽が総帥として活動されていたようです。現在では三遊亭好楽が会長となり取り仕切っているようです。

子供が好きだった三遊亭小円朝

三遊亭小円朝は、昔から子供が大好きだったそうです。だから、ベビー用品のレンタル会社に入ったんだそうです。運送業をされているときは、かなりの給料をもらっていたそうですが、なにか違うと思ってベビー用品会社に入ったそうです。

給料自体は半分くらいまで減ってしまったものの、大好きな子供のなにかに関わっていられることで充実した日々を送っていたそうです。そこまで子供が好きな三遊亭小円朝ですが、自分には子供がいたのでしょうか?

年齢的に子供は高校生くらい?

三遊亭小円朝の子供についても情報を集めてみましたが、まるで情報がありませんでした。とても子供好きということなので、一人か二人はいそうなものですが情報が全くと言っていいほど出てきません。49歳で死去されていますので、もし子供がいたとすれば中学生から高校生くらいになっているかもしれません。

嫁は喪主を務めることになった好(よしみ)という方が執り行うことになっていますが、それ以外の情報はまったく出てきていません。もしかしたら夫婦ふたりで仲良く暮らしていたのかもしれません。

なんと三遊亭小円朝が死去してしまった!死因は?

活躍されてきた三遊亭小円朝がなんと死去されてしまいました。12月17日に死去されてしまったそうです。死因や原因について深く掘り下げていくことにしましょう。

死因となったのはインフルエンザ?

三遊亭小円朝は、11月下旬辺りからインフルエンザに掛かってしまったそうです。そのため、都内の病院で入院して療養されていました。しかし、インフルエンザがよくなることはなく、そのまま悪化してしまったのです。

死去の原因となったのは肺炎だった

死去の原因となったのは、インフルエンザをこじらせた肺炎だったそうです。肺炎だと食事もきちんととれなくなってしまいますし、免疫力も落ちてしまいますので体力を回復させるのがとても難しかったようです。体調悪化の経緯は、数年前から体調を崩すことが多かったそうで、病院通いもよくしていたそうです。

インフルエンザになった経緯は、やはり11月ということもあって流行していたことが死因にもつながってしまったようです。時間経緯を考えてみると、やはりインフルエンザを悪化させてしまったのがよくなかったようです。昔ほどインフルエンザが悪化して死去されてしまう方は少なくなりましたが、肺炎にまでなってしまう人もいるのです。

死去されるにはまだ早い!

落語家になるまでの経緯は少し遠回りをしているような印象ですが、死去される経緯は早すぎるのではないでしょうか。たくさんの寄席で人を笑わせていた方がなぜこんなにも早く死去されてしまったのでしょう。

死去された年齢も49歳とまだまだ現役で活躍できる年頃です。やはりインフルエンザや肺炎は馬鹿にはできない病気だというのがよくわかります。12月はまだまだ寒い時期が続きますので、体調管理はしっかりしないと大変なことになってしまいますね。

告別式は近親者のみで送る予定

気になる告別式ですが、近親者のみで行われるそうで、そこまで大々的には行われないようです。告別式の他には、後にお別れ会も開かれる予定ということで、そこで三遊亭小円朝のお別れをしたほうが良いのかもしれません。

まとめ:三遊亭小円朝の死去までの経緯はインフルエンザだった

たくさんの笑いを届けてくれた三遊亭小円朝ですが、死去された今は安らかに眠れることを祈りましょう。そして、家族の皆様方が安心できる日を待っています。

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2019-06-26 時点

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