無敗の三冠馬・ディープインパクトが死去。死因や輝かしい戦歴を総まとめ!

日本のサラブレッドで競馬で大活躍だった名馬ディープインパクトが急死したというニュースが飛び込んできました。安楽死となったディープインパクトは、ここ数年は種牡馬(しゅぼば)として後世にその血を残していました。安楽死の理由と今までの戦歴についてまとめていきます。

無敗の三冠馬・ディープインパクトが死去。死因や輝かしい戦歴を総まとめ!

目次

  1. 中央競馬クラシック三冠のディープインパクトが死去!
  2. ディープインパクトの今までの競馬戦歴
  3. 安楽死するしかなかったディープインパクト
  4. ディープインパクトが安楽死という選択となった理由は?
  5. ディープインパクトの死去に世間やファンの声は?
  6. 感動を与えてくれた名馬ディープインパクトの冥福を祈ろう

中央競馬クラシック三冠のディープインパクトが死去!

急死のニュースに世界中が悲しみに包まれているディープインパクトの画像

日本の競馬史上、最強馬と言われた名馬のディープインパクトの急死・死去というニュースが日本中を飛び交いました。すでに2012年からは種牡馬としてもリーディングサイアー(獲得賞金額1位の種牡馬)でもあったディープインパクトが、何故死去してしまったのか、安楽死の道を選ぶしかなかったのか、その理由についてまとめていきます。

人間でいえば、骨折は時間をかけて治せるものではありますが、馬に至っては、もちろん回復する症状もあり、競走馬だとしても、復活を果たしている馬も沢山います。そんな中で、何故ディープインパクトは、死をまぬがれなかったのか、安楽死という選択をするしかなかったのか、馬の骨折についてと、安楽死についても画像とともにまとめていきます。

そして、サラブレッドとして2005年には日本の競馬史上で6頭目となる中央競馬のクラシック三冠馬を達成したディープインパクトの今までの数々の戦歴についてもまとめていきます。無敗のサラブレッド・ディープインパクトは、どんな凄い戦歴を残してきたのか、画像と一緒に見ていきましょう。

ディープインパクトの今までの競馬戦歴

塗り替えられない戦歴を持つディープインパクトの画像

ディープインパクト(DeepImpact)は、2002年3月25日に誕生し、2019年7月30日に死去となった名馬で、日本のサラブレッドです。日本競馬史上でも6頭目となる中央競馬クラシック三冠を取得したのがディープインパクトですが、無敗という状況では2頭目であり、1984年に達成したシンボリルドルフの次となりました。

そして、ディープインパクトは日本の調教された馬としては初めての芝部門と長距離部門で2006年に世界ランキングの1位を取得した馬としても有名です。2006年には競走馬としての登録は抹消されてしまいましたが、亡くなるまでの2018年までは種牡馬としても、その子孫を残すために頑張っていました。そして2012年から2018年はリーディングサイアーでもありました。

リーディングサイアーとは、1つのシーズンの産駒の中で、合計した獲得賞金の順位よるランキングのことで、種牡馬の順位のことです。日本という括りの中で、ディープインパクトは2012年から2018年まで断トツの1位の種牡馬(しゅぼば)でした。17歳で亡くなることとなったディープインパクトの戦歴は次からまとめていきます。

武豊とのコンビでの戦歴がすごいディープインパクトの画像

2002年の3月に北海道のノーザンファームというところで生まれたディープインパクトは、生まれた時は体のバランスは良いと言われていましたが、その他は目立った特徴は無かったということです。そして0歳の時に、金子真人に7000万円で落札されましたが、その時売り出されていた14頭の内9番目の落札という、際立った始まりでは無かったようです。

ディープインパクトと言えば、競走馬の先頭に立って、後ろに続く馬たちを率いて走る、という姿が目に焼き付いている人も多いでしょうが、まだ競走馬として活躍する前から、その傾向は強くあったようで、ディープインパクトの身体的特徴でもある薄い蹄から、血を流しながらも先頭を走るという、本当には知ることが大好きな馬だったようです。

2004年の12月19日に阪神競馬で2000メートルの芝で、騎手を武豊というタッグで挑んだデビュー戦でしたが、優勝します。長距離を走っても、すぐにけろっとしているのがディープインパクトだったようで、その翌年の2005年も12月の有馬記念以外1着でした。その戦歴は鮮やかで、2005年にJRA賞年度の代表馬となり、最優秀3歳牡馬にも選ばれています。

そして、2006年には、その年度の代表馬としてや最優秀の4歳以上牡馬を受賞しました。そしてディープインパクトは、2008年に顕彰馬に選ばれるほどとなっていました。まさに、ディープインパクトが叩きだしてきた今までの戦歴は、そう簡単には塗り替えられないほどのもので、競馬ファンだけでなく、競馬を知らない人にもその名前を知らしめて行きました。

安楽死するしかなかったディープインパクト

ディープインパクトに一体何があったのか?

ここからはディープインパクトの死去と安楽死についてまとめていきます。2006年に、競走馬としての登録は終え、生まれ育った北海道に戻っていたディープインパクトですが、それ以降は2007年から北海道勇払郡安平町の社台スタリオンステーションで、種牡馬(しゅぼば)として余生を過ごしていました。功労馬厩舎という場所で、過ごしていたということです。

引退はしてしまいましたが、その後のディープインパクトの人気は衰えることはなく、一般公開のイベントなども開かれ、愛される名馬としても度々ニュースになっていました。数々の勝利を収めてきたディープインパクトは、社台スタリオンステーション内の放牧地に居るときは自由に見ることができますが、唯一警備員が付いているほどでした。

そんな中、ディープインパクトは元々頸椎の治療をしていたということで、7月28日にも頸椎を固定する手術をしていました。手術後も経過は良好だったということでしたが、翌日の29日の午前中には、理由不明で立ち上がれない状態になっていました。そして1日様子を見た30日にレントゲン検査をしたところ、他の部分に頸椎骨折が発覚したのです。

ディープインパクトが安楽死という選択となった理由は?

頸椎骨折の発覚がディープインパクトの安楽死となった!?

かねてから治療したいた頸椎の部分ではなく、他の部分の頸椎に骨折が見られたディープインパクトは、その箇所の骨折の状況が思わしくなく、回復が見込めないという判断となりました。それにより、これ以上痛みを感じて生き伸ばすよりも、安楽死という選択となったのです。診断された30日に、ディープインパクトは安楽死により死去となりました。

馬の骨折は人間のように行かない場合が多い

ディープインパクトの安楽死については、いとも簡単に行われたように人間は感じてしまうかもしれませんが、馬の頸椎(首)という部分の骨折は、頭を支えられない、ということから立ち上がれないということにも繋がり、動物は立ち上がれないとなると、死が本当に身近なものになってしまいます。

基本的に競走馬などの骨折は足とされていますが、馬にとっては頭を支える首も、かなり重要な部分です。ちょっとした骨折でも、その骨折から他の部分に負荷がかかり、そこから別の症状が生まれ、と津ぢいていくことが多いのも現状です。その為、骨折から発生する痛みに苦しみながら死んでいくよりは、安楽死を選ぶという流れが起きるのです。

もちろん、骨折したからと言って即安楽死になる、というものではありません。競走馬の中でも、骨折した部位にもよりますが、きちんと回復し、復活を遂げている馬もいます。ですがディープインパクトに関しては、骨折の場所が良くなかったこともあり、立ち上がれないほどのものだったのでしょう。

突然のディープインパクトの死に、驚きの声や信じられないという声もかなり多いですが、それでも、頸椎骨折という出来事は、どうしても安楽死を選択せざるを得ない状況でした。悲しみの声も多いディープインパクトの死は、今後も戦歴とともに語り継がれて行くことでしょう。沢山の感動を与えてくれたディープインパクトの冥福を祈りましょう。

ディープインパクトの死去に世間やファンの声は?

いまだディープインパクト死に悲しむ声は多い

最後にまとめていくのは、ディープインパクトの死去に関して、そのニュースを知った競馬ファンや世間の人の声についてです。ディープインパクトとともに日本の競馬を盛り上げてきた武豊も、ディープインパクトの死についてはコメントをしていました。長い時間1人と1匹が呼吸を合わせ、ともに戦ってきた中で、分かりあえたものは多かったのではないでしょうか。

日本中の競馬場では、ディープインパクトの献花台が設置されていた、という画像が分かるTwitterも多く見られました。ディープインパクトは本当に多くの人の心に、その走りや活躍でその凄さと感動の瞬間を刻みこみました。そしてそれだけでなく、産駒を残すということにも力を尽くしてきたと言えるでしょう。

もうディープインパクトほどの名馬は生まれないという風に言う人もいますが、それでもディープインパクトの血を継ぐ子どもたちは沢山誕生しています。ディープインパクトの様な三冠という戦歴は出せなくても、その面影が分かる名馬たちは残っているので、その馬たちに思いを馳せるという人もいました。

安楽死となるまでのディープインパクトは、北海道の社台スタリオンステーションという場所にいました。上のTwitterは、その場所のディープインパクトのプレートの画像です。ファンの中には、ディープインパクトに会いに度々北海道を訪れていた人もいました。ディープインパクト死の衝撃と悲しみは、そう簡単には薄れることありません。

感動を与えてくれた名馬ディープインパクトの冥福を祈ろう

三冠馬ディープインパクトの死去とその安楽死の理由について画像とともにまとめてきました。日本中だけでなく、競馬を愛する世界中の人に感動を与えてきたその走りの力強さや早さは、死去した今後もずっと語り継がれて行くことでしょう。ディープインパクトの安楽死については、頸椎骨折によるもので、馬としては骨折してしまうと安楽死させるしか手はなかったようです。

しかも頸椎という馬としては大事な頭を支える首の部分を骨折してしまったため、どうしても安楽死以外の選択は無かったということです。ここまで沢山の塗り替えられない戦歴を残したディープインパクトでしたが、この死去にいまだ悲しみは深いままです。ですが、ディープインパクトが残してくれた産駒達もいますので、その活躍を見守りましょう。

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