城島健司の復帰報道の真相!球団会長付ポストを新設!

かつてソフトバンクや阪神、大リーグでも大活躍した名捕手である城島健司に、球界への復帰報道が出ました。古巣ソフトバンクで球団会長付ポストを新設し、アドバイザーとして迎え入れるようです。今回は城島健司の復帰報道の真相について、詳しくリサーチしました。

城島健司の復帰報道の真相!球団会長付ポストを新設!

目次

  1. 城島健司のプロフィール
  2. 城島健司のプロ野球選手としてのこれまでの経歴
  3. 引退後の城島健司は釣り師に転職?
  4. 城島健司に復帰報道!真相は?
  5. 城島健司はソフトバンクのアドバイザーとして球界復帰予定!

城島健司のプロフィール

・愛称:ジョー
・本名:城島健司(じょうじまけんじ)
・生年月日:1976年6月8日
・現在年齢:43歳
・出身地:長崎県佐世保市
・血液型:A型
・身長:182cm
・体重:89kg
・活動内容:元プロ野球選手、釣り師、タレント
・所属グループ:なし
・事務所:???
・家族構成:妻(大藤真紀)、長男、長女、次男

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城島健司のプロ野球選手としてのこれまでの経歴

日本のプロ野球界を代表する名捕手であった城島健司が、ソフトバンクホークスの新設する球団会長付ポストに就任するとして復帰報道がありました。復帰報道の真相を探る前に、まずは城島健司とはどのようなプロ野球選手であったのか、これまでの活躍や経歴を簡単について簡単にご紹介します。

プロ野球選手になるまで

城島健司がプロ野球選手を目指すようになったのは、4歳の頃です。4歳の城島健司は巨人の王貞治の引退試合を見てプロ野球選手に憧れるようになり、小学4年生の時に本格的に野球を始めました。当時から、ポジションは捕手でした。王貞治に憧れていた城島健司は巨人入りを目指していたため、高卒で球界入りせず大学リーグで実力をつけるため、プロ入り拒否を表明します。

しかしどうしても城島健司を獲得したかったダイエー(現ソフトバンク)は、1994年のドラフト会議の前日に1位強行指名を宣言しました。この時実は次期ソフトバンクの監督として王貞治が内定していたのですが、このことを知った城島健司は進学を取りやめ、高卒でのソフトバンク入りを決意したのでした。

ソフトバンク(旧ダイエー)時代

大きな期待を背負ってソフトバンクに入団した城島健司ですが、入団当初はあまり捕手としての評価は高くありませんでした。しばらく二軍での生活が続き、一軍に昇格したのは1996年9月でした。1997年開幕からはレギュラー捕手に定着し、打率が良いことでも評価されています。1997年のオールスターゲームファン投票では、捕手部門で1位に選ばれました。

その後様々な怪我に苦しみながらも城島健司の活躍は続き、2005年には通算200本塁打を達成、さらに通算4,000打数を達成しました。そんな城島健司は通算打率が.299となり、プロ野球歴代1位の打率を持つ捕手となったのです。

マリナーズ時代

2005年11月22日、城島健司はオフFAで大リーグのシアトルマリナーズに電撃移籍を果たします。この時の契約金は、3年で1,650万ドルと言われています。そして移籍した1年目には18号本塁打を記録しました。これは、同じ日本人メジャーリーガーであった松井秀喜を上回る数字です。大リークへ行っても、城島健司の打力は高い評価を受けていました。

その後も打者として捕手として大リーグで活躍していた城島健司は、2009年開幕前に開催されたワールド・ベースボール・クラシックでは、日本代表に選出されました。そして全試合にスタメンで出場し、日本の2度目の優勝に大きく貢献しました。

阪神時代

WBC優勝の年でもある2009年11月、城島健司は阪神に入団することとなります。阪神とは年俸4億円プラス出来高払いという契約で、契約期間は4年となっていました。そして2010年10月の対東京ヤクルトスワローズ戦で、シーズン165安打目を記録し、セパ両リーグの捕手として最多安打記録保持者となっています。

しかしその後は腰椎椎間板ヘルニアや肉離れなど怪我に悩まされ、出場選手登録を抹消されてしまいます。2012年にはなんとか二軍戦に復帰したのですが、捕手としての今後の活躍は絶望的となり、阪神との契約期間は1年残っていましたが契約を破棄して引退を表明しました。

引退後の城島健司は釣り師に転職?

プロ野球選手として数々の記録を残し、惜しまれつつも引退した阪神の捕手城島健司ですが、引退後はどのような生活を送っているのでしょうか。まだプロ野球に携わる仕事をしているのでしょうか。ここからは、プロ野球引退後の城島健司について詳しくご紹介します。

プロ野球選手引退後はタレントに転身

プロ野球選手を引退するとプロ野球解説者になったりアドバイザーコーチになったりする人も多いのですが、阪神を引退した城島健司はタレントに転身しました。城島健司は九州長崎の出身であることもあり、主に九州のローカルテレビでタレントとして活躍しています。

釣り好きが高じて釣り師としても活躍

プロ野球の現役を引退した後はタレントとして活躍している城島健司ですが、釣り好きが高じて釣り師としても活躍しています。まるで漁師かのように毎日釣りに勤しむ姿はとても元プロ野球選手には見えないと、ファンの間でも話題になっているほどです。毎日早朝から釣りに行き、釣った魚で晩酌をする毎日を過ごしているそうです。

また最近ではYoutubeで釣り関連の動画配信も初めており、話題になっています。この動画は釣り専門のチャンネル動画で、釣り具のアドバイザーとしての一面も見せています。実際に釣り具メーカーの雑誌の表紙を飾ったこともあるようです。

ローカルテレビの冠番組も持つほどの人気

元プロ野球選手の城島健司は現役引退後は釣り師として趣味に没頭しているようですが、その大好きな釣りのおかげで九州のローカルテレビの冠番組も持つほどの人気となっています。2013年から放送されている「城島健司のJ的な釣りテレビ」は、自身初の冠番組で今なお人気の釣り番組となっています。

その他にも地元長崎では、「城島健司と金谷多一郎のモア☆ゴル」というゴルフ番組も月に1回レギュラー放送されています。全く野球と関係ないところで、ここまで活躍出来る元プロ野球選手も珍しいのではないでしょうか。

城島健司に復帰報道!真相は?

2012年阪神タイガースでの活躍を最後にプロ野球界から引退した城島健司ですが、球界への復帰を望む声は常にありました。そんな城島健司に、ついに2019年12月17日復帰報道が出ました。城島健司の復帰報道は事実なのでしょうか。そこにはどんな真相が隠されているのか、徹底的に調査しました。

12月17日ソフトバンクが城島健司の復帰を発表

2019年12月17日、古巣であるソフトバンクホークスから城島健司の復帰報道が発表されました。ソフトバンクは城島健司に対して、球団会長付ポストを用意して球団のアドバイザー的なポジションに迎え入れる予定であると発表しています。

現在のソフトバンクの体制はというと、城島健司憧れの王貞治は会長に就任しています。そしてソフトバンクの現監督である工藤公康は、城島健司の元チームメイトです。復帰報道が事実だとすれば、会長や監督のアドバイザーとして城島健司以上の人はいないでしょう。

球団会長付ポストとは?

ソフトバンクは城島健司を「球団会長付ポスト」として迎え入れる予定であることを発表しましたが、そもそも球団会長付ポストとはどんなポジションなのでしょうか。球団会長付ポストは、これまでソフトバンクにはなかったポジションです。

球団や球団会長に直接アドバイスをするというポジションになるようで、わざわざこのような新しい役職を設けてまで城島健司を迎え入れるあたり、かなりこの復帰報道は信ぴょう性が高いのではないかと思います。

将来的にはソフトバンクの新監督に?

プロ野球引退後は野球とは無縁の生活を送っていた城島健司の復帰報道は、プロ野球ファンの間に大きな話題を呼びました。ソフトバンクが城島健司のためにわざわざ新しいポストを新設したことや、過去に関係者が城島健司を監督として育成しようとしていたという噂もあるため、今回の復帰報道は城島健司を将来的にソフトバンクの新監督へ就任させるためではないかと言われています。

特に王貞治会長は前向きで、そろそろ城島健司も再度アドバイザーとしてユニフォームを着たほうが良いと発言していたそうです。これはおそらく、ソフトバンクの後継者として城島健司を見ているということの現れではないでしょうか。

城島健司はソフトバンクのアドバイザーとして球界復帰予定!

今回はソフトバンクから球団会長付ポストで迎え入れる予定であると公表された元プロ野球選手の城島健司について、これまでの活躍の様子や噂の真相について詳しくご紹介してきました。元プロ野球選手の城島健司は、現在は野球とは全く無縁の世界で活躍していますが、復帰報道にあるように近いうちにソフトバンクのアドバイザーとして球界に復帰しそうです。

ソフトバンクが公式に発表したこともあり城島健司の復帰報道はかなり信ぴょう性は高いようですので、再度ソフトバンクのユニフォームに袖を通した城島健司の活躍を見れる日も近いかもしれません。これからも城島健司の活躍から、目が離せません!

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2020-02-23 時点

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