鉄腕アトムの「お茶の水博士」のモデルの渥美和彦が死去!手塚治虫と同級生!

東京大学名誉教授でもあり、『鉄腕アトム』のお茶の水博士のモデルの1人でもあった医師の渥美和彦が死去したという訃報が入ってきました。手塚治虫の同級生でもある渥美和彦と入ったどんな人物だったのか、その医師としての功績も振り返りながら、死去の原因をまとめていきます。

鉄腕アトムの「お茶の水博士」のモデルの渥美和彦が死去!手塚治虫と同級生!

目次

  1. 東京大学名誉教授・渥美和彦が91歳で死去!その人物像に迫る
  2. 『鉄腕アトム』のお茶の水博士のモデル・渥美和彦とは?
  3. 『鉄腕アトム』の生みの親・手塚治虫と同級生だった渥美和彦
  4. 手塚治虫の『鉄腕アトム』とお茶の水博士とは?
  5. 91歳で亡くなった渥美和彦の死因は?
  6. 渥美和彦東京大学名誉教授の冥福を祈ろう

東京大学名誉教授・渥美和彦が91歳で死去!その人物像に迫る

『鉄腕アトム』と言えば漫画界の巨匠・手塚治虫の代表作ですが、その中に登場する主要人物がお茶の水博士です。そんなお茶の水博士のモデルともなった1人の渥美和彦医師が死去したというニュースが入ってきました。亡くなられたのは2019年の12月31日の事だったようですが、ちょうど年末年始ということもあり、その訃報は1月6日に知ることとなりました。

大きな花と白い髪の独特な特徴を持つ『鉄腕アトム』のお茶の水博士ですが、渥美和彦医師の91歳という年齢での死去のニュースを知ると、世間の人たちは、まさかあのお茶ノ水葉加瀬にモデルがいたとは!と驚きの声を上げています。日本を代表する漫画・アニメである手塚治虫の同級生だということも驚きで、もしも手塚治虫が生きていたら91歳なのかという声もありました。

渥美和彦と手塚治虫のエピソードやお茶ノ水博士のモデルとなった話、そして『鉄腕アトム』を知らない人のために、その漫画のあらすじや登場人物もご紹介しながらまとめていきます。それではまずは、渥美和彦のプロフィールと、医師として医療業界に貢献してきたその功績を振り返りながら、死去の原因についても見ていきましょう。

東京大学名誉教授・渥美和彦のプロフィール

愛称:???
本名:渥美和彦(あつみかずひこ)
生年月日:1928年9月25日-2019年12月31日(没)
現在年齢:91歳(死去)
出身地:大阪府
血液型:???
身長:???
体重:???
活動内容:医学者、医師、東京大学名誉教授
所属グループ:???
事務所:???
家族構成:妻(英子)

『鉄腕アトム』のお茶の水博士のモデル・渥美和彦とは?

簡単な渥美和彦のプロフィールをまとめましたが、ここからはその経歴や今までの活動の歴史をまとめていきます。渥美和彦(あつみかずひこ)は、1928年9月25日に大阪で生まれ育ちました。2019年12月31日に死去となりましたが、亡くなった時の年齢は91歳でした。旧制北野中学校を卒業した後に第三高等学校へ進み、その後は東京大学の医学部に入学し卒業しています。

1954年の26歳の時に東京大学の医学部を卒業後は心臓外科を専攻し、その腕を磨いていったようです。その医師人生の中では、今でこそ当たり前になってきている人工臓器やレーザー治療、そしてサーモグラフィや電子カルテなどを取り入れた最先端医療の研究に力を注いできた人物です。そして中でも有名なのが、ヤギに人工心臓を装着しての長期生存世界記録を作ったことでしょう。

1969年の32歳の時には、「直視下心臓内手術における蛋白代謝の研究」を手掛け、東京大学から医学博士の学位を受けるなど、その貢献は素晴らしいものでした。そして、1964年には東京大学医学部の医用電子研究施設の助教授となっていきました。その後は助教授から教授へと昇格しています。そして、1989年の61歳の時には東京大学名誉教授となりました。

その翌年には日本工学院専門学校の校長を務めたり、鈴鹿医療科学大学の学長に就任するなど医療の世界でも著書を出したりとその名は有名でした。2012年には瑞宝中綬章を授賞し、渥美和彦記念財団も設立し、未来健康共生社会研究会と名付け会長も担っていました。日本の医療の転換期に、治療する医療から予防する医療を作っていくことを呼びかけた人物でもありました。

『鉄腕アトム』の生みの親・手塚治虫と同級生だった渥美和彦

さて、渥美和彦の今までの経歴や功績を見てきたところで、気になるのがあの漫画界の巨匠・手塚治虫と同級生だったというエピソードではないでしょうか。そして、あの『鉄腕アトム』の登場人物お茶の水博士のモデルとなった1人でもあるという事実は、とても気になる内容です。ここでは、どんな経緯があったのか見ていきます。

どうやら手塚治虫と渥美和彦は、旧制北野中学校(現在の大阪府立北野高等学校)の時に同級生だったようです。今でこそ、亡くなるまでの渥美和彦のヒゲは白くお茶の水博士を彷彿とさせる雰囲気がありますが、『鉄腕アトム』が作り上げられたのは、1963年のことだったので、まだお互いに38歳だったことがわかります。卒業後も交流があったからこそモデルにしたのかは気になるところです。

どのタイミングで渥美和彦にお茶の水博士のモデルであるということを明かしたのかまでは分かっていませんが、作画する前だったのか、それとも『鉄腕アトム』が世に出てから明かしたのか気になるポイントではあります。ですが、モデルとなった1人が渥美和彦だったということは真実であるということです。

手塚治虫のプロフィール

愛称:漫画の神様
本名:手塚治(てづかおさむ)
生年月日:1928年11月3日-1989年2月9日(没)
現在年齢:60歳(死去)
出身地:兵庫県宝塚市(出生は大阪府豊能郡豊中町;現在の豊中市)
血液型:A型
身長:170㎝
体重:???
活動内容:漫画家、アニメーター、アニメ監督、医師(医学博士)
所属グループ:???
事務所:手塚プロダクション、虫プロダクション
家族構成:妻(岡田悦子)、長男(真)、長女(るみ)

手塚治虫の『鉄腕アトム』とお茶の水博士とは?

それではここからは、『鉄腕アトム』とはどんな物語だったのかについて、少しまとめていきましょう。『鉄腕アトム』は手塚治虫の代表作ですが、日本初となるテレビアニメの第1作となった作品でもあります。現在までにリメイクも沢山され、日本だけでなく世界中で愛される作品となっているのは言うまでもないでしょう。

元々は、手塚治虫のSF漫画と作品を原作としたもので、テレビアニメや特撮テレビ番組として放送されました。そして、題名になっているアトムというのが主人公の架空のロボットの名前です。21世紀を舞台にしたストーリーで、原子力をエネルギーとして動くロボット・アトムが活躍して行きます。ロボットではありますが、人のように感情もあるのが特徴です。

そして、渥美和彦がモデルとなったお茶の水博士は、現科学省の長官で、アトムの妹ロボット・ウランやアトムに似せて作られたコバルトを作った人物です。アトムを作った人物は別の人です。トレードマークの鼻が特徴で、手塚治虫の漫画にも敬称されていますが、これは作者の手塚治虫の団子っ鼻に似せています。そして、アトムの保護者でもあり良き理解者でもあります。

『鉄腕アトム』のキャラクターたちは、現在でも色々なところで登場したりしています。CMで使われたり、何かの説明の時にはお茶の水博士も登場したりしています。手塚治虫は亡くなっていますが、それでも変わらずに現代でも愛されている作品とキャラクターです。

91歳で亡くなった渥美和彦の死因は?

さて、最後にまとめて行くのは、東京大学名誉教授だった渥美和彦の死因についてです。様々な情報によると、亡くなられたのは2019年の12月31日となっていますが、死因についてはどこにも明かされていませんでした。ですが91歳という年齢を考えると充分に長生きと言えるでしょうから天寿を全うしたのでしょう。

死去した死因については分かりませんでしたが、通夜は1月7日で、8日に家族葬をするということが分かっています。そして喪主は奥さんです。また、医療業界に多大な功績を残した渥美和彦医師ですので、家族葬だけで終わることはなく、2月中をめどに、お別れ会が執り行われるようです。気になる方はその最後に足を運んでみてもいいかもしれません。

渥美和彦の死去に世間の声は?

なんと。。。僕が成人して間もない頃、色々お世話になりました。代替医療は勉強になったなぁ。あれから20年近く経つのか。合掌。

少しのご紹介になりますが、渥美和彦の死去に寄せられた世間の声も見ていきましょう。医師として活躍していただけでなく代替医療を広めてきたこともあり、医療関係者かのお悔やみの声が多くみらられました。また、著書などで知ったという人もいました。

モデルが存在した事を今知った。ありがとうお茶の水博士。

さらには、ネットニュースなどで渥美和彦の死去を知った人は、『鉄腕アトム』のお茶の水博士にモデルがいたことを初めて知った!という人も多くいました。日本人で知らない人はなかなかいないのではないかと思われる作品なので、その存在は有名だということも分かるコメントがありました。 

渥美和彦東京大学名誉教授の冥福を祈ろう

91歳で死去した東京大学名誉教授の渥美和彦についてまとめてきました。その功績は、現代の医療に大きく貢献してきたことがわかりました。そして、『鉄腕アトム』の水道橋博士のモデルの1人でもあり、手塚治虫の中学時代の同級生だったことも分かりました。

この死去で、お茶の水博士にモデルがいたことを知った人も多かったようですが、これを機に『鉄腕アトム』を観てみるのも良いかもしれません。渥美和彦が築き上げてきた医療の現場への変化も、後に続く後継たちがより良い日本を作って行ってくれることでしょう。渥美和彦の冥福を祈りましょう。

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