「ケンドー・ナガサキ」桜田一男が死去!死因はペースメーカーの故障?

プロレスラーとして活躍していたケンドー・ナガサキこと桜田一男が71歳で死去したという訃報が入ってきました。全米でも活動し、プロレス界の後継育成にも力を入れていたケンドー・ナガサキでしたが、その死去の死因は何だったのか、ペースメーカー故障の真相に迫ります。

「ケンドー・ナガサキ」桜田一男が死去!死因はペースメーカーの故障?

目次

  1. 全米でも活躍し後継の育成にも尽力していたケンドー・ナガサキの死去
  2. 元力士だった桜田一男ことケンドー・ナガサキの経歴
  3. 最後の心残りは引退式!後輩の育成にも気を配った男
  4. 71歳で死去した桜田一男ことケンドー・ナガサキの死因は?
  5. ケンドー・ナガサキの死去についての世間の声は?
  6. プロレスラーとして活躍したケンドー・ナガサキの冥福を祈ろう

全米でも活躍し後継の育成にも尽力していたケンドー・ナガサキの死去

2020年1月12日に71歳で亡くなったと報じられたのは、プロレス界の「ケンカ強男」という異名をもつケンドー・ナガサキこと桜田一男の死去でした。71歳という年齢で死去となったケンドー・ナガサキの死因は一体何だったのか、これまでのプロレス界での活躍や、プロレスラーの後継にも手を差し伸べていたというケンドー・ナガサキについてまとめて行きます。

また、元力士であったという過去を持つエピソードや、全米で日本人ヒール(悪役)レスラーとしても存在感たっぷりのしていた活躍をしていたレジェンドレスラーのケンドー・ナガサキの経歴についてもまとめて行きます。また、71歳を迎えていた死去の間際は全てを廃業としていたということが分かっていますが、引退式はしていないようです。どんな経緯があったのか見て行きましょう。

そして、ケンドー・ナガサキの死因についても調査しまとめていきます。その死去の間際までイベントに参加していたということも分かっているようなのですが、その死因は心臓に入っていたペースメーカー故障杏のではないかという憶測も飛び交っているようです。数々の試合で見せてきた姿は、身体に鞭打っての結果でしょうが、ボロボロとも言えるその状況も調べてみました。

ケンドー・ナガサキのプロフィール

愛称:ケンドー・ナガサキ(リングネーム)
本名:櫻田一男(さくらだかずお)
生年月日:1948年9月26日-2020年1月12日(死去)
現在年齢:71歳(没)
出身地:北海道網走市
血液型:非公開
身長:188㎝
体重:120Kg
活動内容:元大相撲力士、プロレスラー
所属グループ:元立浪部屋、元大日本プロレス
事務所:???
家族構成:???

元力士だった桜田一男ことケンドー・ナガサキの経歴

ケンドー・ナガサキの簡単なプロフィールをまとめましたが、「ケンドー・ナガサキ」とは、プロレスラーの時のリングネームだったようです。、その本名は桜田一男(さくらだかずお)と言います。プロレス仲間などの親しい人たちは「サクラダさん」と読んでいたようです。そんなケンドー・ナガサキですが、プロレスに足を踏み入れる前は、力士で大相撲の立浪部屋に入門しています。

1964年の16歳の時には初土俵入りを果たし、その2年後には序二段で全勝優勝までしていました。大相撲力士の同期には、あの天龍源一郎がいます。ですが、『櫻田』『網走洋』『翠巒(みどりみね)』と四股名を名乗った後で、先輩力士とトラブルになったり、立浪部屋の親方を合わなくなり1971年の23歳の時に力士を辞めています。

23歳で日本プロレスに入門しデビュー!

力士を辞めたその年に、ケンドー・ナガサキは日本プロレスに入門します。そして、2年後の日本プロレスの崩壊の時期まで在籍していました。ちょうど日本のプロレス界が日本プロレスと新日本プロレスへと分かれて行くさなかでもあり、その後のケンドー・ナガサキは全日本プロレスへと移籍して行きました。

天龍の全米武者修行に付き添ったケンドー・ナガサキ

ちょうど力士の同期でもあった天龍源一郎が、プロレスに転向してきていたこともあり、ジャイアント馬場からの提言もあり、ケンドー・ナガサキは天龍の全米武者修行に帯同する形で渡米します。ですが、渡米後は一緒に行動することはなく、『ミスター・サクラダ』のリングネームで北米のカナダやプエルトリコなど各地を巡り、日本人ヒールとして活躍して行きました。

プロレスラーから経営者への道へ

顔にペイントしているレスラー(ペイントレスラー)として『ケンドー・ナガサキ』としてたたかったり、「サクラダ」の名前のついたリングネームで入れ替わったりという戦略で、ファンを楽しませてきましたが、1995年の47歳の時に大日本プロレスを脱退し、フリープロレスラーとして活動しながら小田原市にちゃんこ料理店とスナック「ケンドー」を開店していきます。

これ以降2000年代は、この両店の経営や魚料理のケータリングサービスをしたり、魚の仲介会社を設立したりと、これらの経営を中心とした活動がメインとなり、往路レスラーとしての活動が少しずつ減っていったようです。そして、2009年の61歳の時には今までの過労や体調不良から、全ての業務を廃業をしていきました。

最後の心残りは引退式!後輩の育成にも気を配った男

小田原を中心に経営などをしていたケンドー・ナガサキでしたが、その一連の業務から手を引いた後は千葉県に移住していたようです。そして、いつの間にかプロレス業界からも手を引いていた形になっており、その後のインタビューに答えていた内容によると、きちんと引退式をしていないというのが心残りだと話していたことがあるようです。

プロレスラーとしては、全てをやり尽くしたとも明かしていたというケンドー・ナガサキこと櫻田一男ですが、長年のレスラーとしての活動の結果かヒザを悪くしており、2016年には心臓の手術をしていたということも分かっています。その胸にはどうやらペースメーカーも入っていたということで、そこから死因はペースメーカー故障ではないかと言われているようです。

また、全米でヒール役として活躍していた頃には、日本から修行に来ていた若手に面倒も見ていたという過去があるようです。その中でも弟のように可愛がっていたのが武藤敬司で、その基礎を教えたのがケンドー・ナガサキだったと言われています。いじめなどもきらっていたといい、練習は厳しくもリングを降りると威圧感はない人物だったようです。

71歳で死去した桜田一男ことケンドー・ナガサキの死因は?

さて、気になるのがケンドー・ナガサキこと桜田一男が71歳で死去した死因ではないでしょうか。プロレスラーとしては引退の様な形になってはいましたが、その屈強な身体というイメージは変わらず、一体どんな死因で亡くなったのかが気になるところでしょう。その詳細は明かされておらず、現時点では死因は不明となっているようです。71歳という年齢も考えると自然死かもしれません。

2020年1月12日に入ってきた訃報によれば、千葉県市原市の自宅で亡くなっているところを、知人に発見されたというのがその詳細のようです。数日前までは元気な姿を見せていたということも分かっており、5日には都内で行われたファンとの交流イベントに参加しており、11日には千葉県船橋市で行われていたパーティーに出席していたという話もありました。

ペースメーカー故障が原因と言う声も

前日まで元気だったということもあり、その死因は不明とはされていますが、2016年に受けている心臓の手術のことや、胸に入っているペースメーカー故障による死去なのではないか、という憶測も飛び交っています。すでに13日には、追悼セレモニーが行われたということですので、ペースメーカー故障なのかどうかは明かされていませんが、その可能性はあるかもしれません。

ケンドー・ナガサキの死去についての世間の声は?

最後にまとめて行くのは、ケンドー・ナガサキの死去についての訃報に対し、世間の声やファンの声についてです。Twittreで検索してみると、桜田一男の様々なリングネームを綴り、その活躍を振り返るコメントが多く見られました。日本だけでなく、全米で活躍したその功績があったからと言えるでしょう。

こちらの人は、少し前にケンドー・ナガサキ似合っていたという人のものです。令和という時代に入り、数々の名選手が死去したという訃報も入ってきているため、当時の活躍を振り返りつつも、なんとも言えない悲しみや、それだけ活躍していた時から年数が経過しているのだということにも気づかされます。

この上のツイートは、後楽園で行われた大日本プロレス後楽園ホール大会での追悼セレモニーに参加していた人のものです。71歳という年齢が、人生を全うできた年齢だったのかはわかりませんが、それでも波乱万丈な人生の締めくくりは、沢山の人に想われているということは伝わってくるでしょう。

プロレスラーとして活躍したケンドー・ナガサキの冥福を祈ろう

プロレスラーとして全米でも活躍していたケンドー・ナガサキの死去についてまとめてきました。その死因については詳細は明らかにされていませんが、手術で胸に入れていた心臓のペースメーカー故障なのではないかという声も上がっているようです。近親者もいないということから、その死去は寂しいものだったようですが、プロレス大会で追悼のセレモニーも開かれていました。

日本のプロレス界だけでなく、全米に日本人の悪役レスラーとしての爪痕も残してきたケンドー・ナガサキこと桜田一男の死因はペースメーカー故障なのかはわかりませんが、その冥福を祈りながら、今までの功績を振り返るのも良いでしょう。ケンドー・ナガサキのプロレスにかける思いなどは、後継のレスラーたちやケンドー・ナガサキを知る人たちが繋いで行ってくれるでしょう。

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