原知佐子が84歳で死去!「赤いシリーズ」のイビリ役で活躍!

「赤いシリーズ」や特撮などにも多く出演していた女優の原知佐子が84歳で死去したという訃報が入ってきました。夫の映画監督の実相寺昭雄の作品にも数多く出演作がある原知佐子ですが、今までの女優人生の代表作から最後の出演作品まで振り返りながらその死去をまとめます。

原知佐子が84歳で死去!「赤いシリーズ」のイビリ役で活躍!

目次

  1. 84歳で死去した女優・原知佐子の今までの出演作を振り返る!
  2. 「赤いシリーズ」ではイビリ役だった原知佐子
  3. 女優人生57年の原知佐子は実相寺昭雄監督と結婚
  4. 女優・原知佐子の今までの出演作は?
  5. 原知佐子の死因は?がんで死去したというその詳細
  6. 昭和の名脇役女優・原知佐子の冥福を祈ろう

84歳で死去した女優・原知佐子の今までの出演作を振り返る!

女優として57年という活動をしてきた原知佐子が死去したというニュースが飛び込んできました。報道されたのは1月20日のことでしたが、昭和の映像界を支えた名脇役の死は、多くの人から惜しまれています。調べてみると2016年のほんの数年前までは女優として活動していたようなので、その存在を知っている人もいるかもしれませんが、原知佐子と言えば「赤いシリーズ」です。

若い世代の方達よりも、まだ山口百恵が活躍していた時代の女優でもあるので、記憶に残っている原知佐子の役は、その「赤いシリーズ」でヒロインを務めていた山口百恵をイビる役が注目されていたと言えるようです。原知佐子の死去についてや、今までの女優活動での出演作品などを振り返りながらまとめていきます。簡単ですがまずはプロフィールを見てみましょう。

原知佐子のプロフィール

愛称:???
本名:実相寺知佐子(じっそうじちさこ)
生年月日:1936年1月6日-2020年1月19日(死去)
現在年齢:84歳(没)
出身地: 高知県高岡郡高岡町(現在の同県土佐市)
血液型:???
身長:154㎝
体重:???
活動内容:女優
所属グループ:???
事務所:現代制作舎
家族構成:実相寺昭雄(夫・映画監督)、実相寺吾子(娘・女優)

「赤いシリーズ」ではイビリ役だった原知佐子

さて、原知佐子の出演作品や死去の死因をまとめて行く前に、その今までの経歴や人物像なども少し知っていきましょう。原知佐子は、高知県出身の女優で、映画監督の故・実相寺昭雄と結婚しています。元々は諸王学校の教師から宝塚に入ることを進められ、芸能界や女優に憧れを抱いたのがきっかけだったようで、一度宝塚も受験しています。

原知佐子は、高知県高岡郡高岡町の出身で、高知県立高知追手前高等学校を卒業後は、宝塚歌劇団と松竹歌劇団を受験したのですがどちらもこの時には落ちてしまいます。それでも諦めきれなかった原知佐子は、高地から近い京都であれば芸能人も多いため、なんとかコネで芸能界に入れるかも、と思い立ち、同志社大学文学部美学美術学科へ進学します。

1955年の19歳になる年に新東宝の「第4期スターレット」というオーディションにめでたく合格した原知佐子は、北沢典子、三ツ矢歌子、万里昌代、朝倉彩子らとともに新東宝の顔として女優へとまい進していきます。そして、この時に大学は中退という道を選びました。23歳の時の1959年には新東宝から東宝へと移籍し、1970年代には代表作でもある「赤いシリーズ」に出演していきました。

山口百恵がヒロインを務めていたということもあり、大人気の作品であったこの「赤いシリーズ」ですが、原知佐子はそのヒロインをイビる強烈な役を演じきっていました。赤いシリーズでは、1975年から1976年に放送された『赤い疑惑』で相良多加子役、『赤い衝撃』では大山政子役、そして1977年の『赤い激流』では山田タメコ役と、欠かせない名脇役でした。

話題作の名脇役として活動した原知佐子

84歳という年齢で死去した原知佐子ですが、その後の女優活動も多くの作品に出演していました。若き日は大映ドラマに欠かせない名脇役として活躍していましたが、歳を経ても2005年には京極夏彦の長編ミステリー『姑獲鳥(うぶめ)の夏』や2015年には『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』にも脇役ではありますが出演していました。

女優人生57年の原知佐子は実相寺昭雄監督と結婚

原知佐子がどういった経緯で結婚したのか、という部分はいまだそこまで明かされていない情報のようですが、数々の作品で一緒になってきたからこそ、映画監督の実相寺昭雄と結婚したのではないでしょうか。1963年に結婚しているようですが、27歳の時ですので、夫が監督を務めた最初のウルトラマンシリーズへの出演よりも前になります。

実相寺昭雄と原知佐子は同級生でもある年齢なので、女優とかんとくという職業柄どこかで接点もあり、若い頃の原知佐子は「赤いシリーズ」などでそれなりに注目されていた女優でもあるので、顔見知りだった可能性はありそうです。2人の間には娘がおり、原知佐子の葬儀の喪主も務めています。

原知佐子の夫・実相寺昭雄のプロフィール

愛称:???
本名:実相寺昭雄(じっそうじあきお)
生年月日:1937年3月29日-2006年11月29日(死去)
現在年齢:69歳(没)
出身地:東京都
血液型:???
身長:???
体重:???
活動内容:映画監督、演出家、脚本家、小説家、オペラ演出家、東京藝術大学名誉教授
所属グループ:???
事務所:???
家族構成:原知佐子(妻)、実相寺吾子(娘・女優)

女優・原知佐子の今までの出演作は?

さて、ここでは女優・原知佐子の今までの出演作品をす一部ですがまとめていきます。ここにご紹介できなかった作品は本当に多くありますが、今現在でも動画などが残っている作品を中心にまとめていきます。原知佐子と言えば「赤いシリーズ」ではありますが、この上に上げた動画「ザ・ガードマン」という怪談シリーズにも出演していました。

ウルトラシリーズ(円谷プロ

原知佐子と言えば、「赤いシリーズ」への出演以外には、ウルトラマンシリーズへの出演も大きな代表作と言えます。『ウルトラマンレオ』の第37話や、夫の実相寺昭雄が原作の『ウルトラマンをつくった男たち 星の林に月の舟』、1997年放送の『ウルトラマンティガ』の第37も夫が手掛けた映像でしたが、出演していました。夫婦での共同作品が多いのも特徴でしょう。

そして、ウルトラマンシリーズでも脇役として多く登場していますが、2004年の『ウルトラQ dark fantasy』の第19話や『ウルトラゾーン』の 第14・15話、そして2014年の『ウルトラマンギンガS』、このウルトラマンシリーズの最後お出演は2016年の『ウルトラマンオーブ』の第24話「逆襲の超大魔王獣」の岸根秋恵という役で、2016年までは女優として活動していたようです。

NHK大河ドラマ『春日局』 信松尼役

原知佐子は、NHKの大河ドラマ『春日局(かすがのつぼね)』にも出演していました。 信松尼(しんように)は、武田信玄という甲斐国の戦国大名の娘で、五女に当たります。出家前は松姫(まつひめ)という名前だった人物で織田信長の嫡男・織田信忠との婚約が決まるのですが、結局解消となり、本能寺の変の後に22歳という若さで出家した人物を演じました。

最後の作品は2016年の『シン・ゴジラ』

脇役としての出演が多い原知佐子ですので、本当にこの作品が最後の作品となったのか、という詳細はウィキペディアなどにも書かれてはいませんでしたが、大きな仕事という意味では2016年公開の映画『シン・ゴジラ』のキャスト蘭にその名前が掲載されていました。死去した時の年齢が84歳ですので、80歳過ぎの出演でしょう。晩年まで女優をしていたことが分かります。

原知佐子の死因は?がんで死去したというその詳細

女優の原知佐子が死去したその死因について、最後にまとめていきます。2020年1月19日の18時4分に死去したという原知佐子は、上顎がんだったという詳細が分かっています。84歳という年齢だった原知佐子ですが、東京都杉並区の病院で亡くなったと報じられていました。映像作品へ女優として参加していたのは2016年のようなので、人知れず闘病していたのかもしれません。

上顎がんで死去!上顎がんとはどんながん?

原知佐子が死去したという理由の上顎がんですが、どんな病気なのかも少し見ていきましょう。上顎がんは、鼻の部分には副鼻腔(ふくびくう)という部分があるのですが、その外側の下方向の部分が上顎とされていて、そこの発生した悪性腫瘍の事を「上顎がん」と呼ぶようです。現在ではそこまで多いがんではないようですが、副鼻腔炎が多かった時代は多い症例だったとされています。

元々は耳鼻咽喉科領域のがんとしては約1/4を占めていたようですが、扁平上皮がんと言われるものが該当するようです。そして頚部のリンパ節などへの転移は少ないのも特徴で、最初から転移しているという症例は15%以下ほどということです。また、上顎がんは自覚症状がないことが多いようですが、副鼻腔炎のような症状が出ることが多く、がんに圧迫され気づくようです。

昭和の名脇役女優・原知佐子の冥福を祈ろう

「赤いシリーズ」で山口百恵のイビリ役として名脇役を務めた原知佐子の死去についてまとめてきました。1月19日に死去した死因は上顎がんだったようです。芸能界に憧れを抱き、一時は宝塚を目指した原知佐子でしたが、入ることは叶わず大学進学をした後、中退をしての女優業でした。夫である実相寺昭雄の作品にも多く出演作があったことも分かりました。

主役としての出演作はあまりありませんでしたが、その演技で数々の作品を支える名脇役だった原知佐子は、最後の出演作は2016年の映画『シン・ゴジラ』のようです。特撮ものにも出演歴の多い女優でもあったので、過去作品なども見てみる際はその名前を探してみるのもいいでしょう。昭和の映像界を支えた原知佐子の冥福を祈りましょう。

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