俳優で演出家の中村龍史が68歳で死去!マッスルミュージカルなど手掛ける!

劇団四季でも活躍していた俳優で演出家、そしてマッスルミュージカルなどで振付師をしていた中村龍史が死去したという訃報が入ってきました。68歳というまだまだ若い年齢で死去した中村龍史ですが、死因は何だったのか調査しました。今までの活躍もあわせて見ていきましょう。

俳優で演出家の中村龍史が68歳で死去!マッスルミュージカルなど手掛ける!

目次

  1. 68歳で死去した中村龍史の演出家や振付師の功績を振り返る!
  2. 演出家・振付師としてマッスルミュージカルを成功させた中村龍史
  3. 劇団四季にも所属していた中村龍史!俳優復帰した作品は?
  4. 所属事務所・吉本興業が公表した死去の訃報
  5. 数々の作品を手掛けた中村龍史の冥福を祈ろう

68歳で死去した中村龍史の演出家や振付師の功績を振り返る!

『筋肉番付』などから誕生した「マッスルミュージカル」の生みの親的存在でもある、俳優で演出家、そして振付師でもある中村龍史(なかむらりょうじ)が68歳で死去したという訃報が入ってきました。情報が流れたのは2020年1月29日の事でしたが、中村龍史が死去したのは1月22日の事だったということです。最近では俳優として復帰していたその死因について迫ります。

また、若い頃にはあの劇団四季に在籍していたという中村龍史は、劇団四季の俳優養成所を経て俳優への道へと進んで行ったようです。自身が思い描いていたような俳優人生は送れずに、劇団で培ったノウハウを浮かすため、演出家や振付師の道へと進んで行ったのですが、その今までの功績や活躍についても分かる範囲でまとめていきます。

そして、死去の訃報では死因については明かされていませんが、どうやら中村龍史には持病があったとされています。そして、その陰には闘病を長年にわたって支えてきた妻の存在もありました。子供に関しての情報はありませんでしたが、家族に関するエピソードも後半でまとめていきます。まずは中村龍史のプロフィールとの今までの活動を振り返っていきましょう。

中村龍史のプロフィール

愛称:???
本名:中村良二(なかむらりょうじ)
生年月日:1951年3月5日-2020年1月22日(死去)
現在年齢:68歳(没)
出身地:東京都(上野)
血液型:???
身長:???
体重:???
活動内容:俳優、演出家、振付師
所属グループ:元劇団四季、オフィスひらめ、 中村JAPANドラマティックカンパニー
事務所:吉本興業
家族構成:中村留美子(妻・劇作家、プロデューサー)

演出家・振付師としてマッスルミュージカルを成功させた中村龍史

中村龍史の最初の肩書は劇団俳優でした。中学生の時に初めて観た洋画の「グレートレース」の主演俳優ジャックレモンに憧れたことがきっかけで、自身も俳優を目指して行きました。高校を卒業した中村龍史は、劇団四季の俳優養成所の4期生に入り、1971年の20歳の時に劇団四季へ入団していきます。約10年後の1981年には退団してしまいますが、2年ほどでクビになってしまいます。

その後の中村龍史は、数々のテレビドラマや映画に出演して行くようになりました。ですが、自身が思い描いていたような主役は来ず、二枚目の中途半端な役した回ってこなかったと言います。あまりにも役柄に広がりが出ないことに嫌気がさした中村龍史は、一時俳優を休止し、ショーの構成や演出家や振付師の仕事へとはいって行きました。

マッスルミュージカルの生みの親!演出家・振付師として活躍

1984年には松任谷由実は日本武道館公演『YUMING VISUALIVE DA・DI・DA』から1995年の『THE DANCING SUN』まで演出の担当をした中村龍史ですが、その他にも数多くミュージシャンのライブで演出家や振付師として活動していきます。そして1990年には今もメンバーは入れ替わりながら続いている「東京パフォーマンスドール」の立ち上げにも参加しています。

そして、大阪で行われたなみはや国体から日中合作のオペラなど、その活動は多岐にわたり、国内でもミュージカルなどから中高生の為の芸術観賞会まで数々の作品で演出家・振付師として300本以上の舞台を創りだしてきました。さらに2001年には、日本発となった台詞のないオリジナルエンターテインメント「マッスルミュージカル」を創り上げていきます。

2007年の9月9日まででマッスルミュージカルの一連の関わりからは手を引いてしまいましたが、その後も注目される舞台の1つとなっていることは言うまでもありません。観客までを巻き込んで一緒に楽しむライブスタイルを作り上げてきた中村龍史は『マッスルミュージカル』を周知させ広げて行った人物の1人として今もその名が語り継がれています。

その活動は日本だけに留まらず、ラスベガスやインドネシアなど海外進出まで果たしていきますが、2008年には妻である中村留美子と「中村JAPANドラマティックカンパニー」を立ち上げ、日本で唯一のスポーツミュージカルを作り上げて行きました。そして、高校生など若い世代にも演劇の面白さを知ってもらう活動にも力を入れていた人物です。

劇団四季にも所属していた中村龍史!俳優復帰した作品は?

中村龍史は30歳から60代まで自身が演出する舞台にも俳優として出演してきました。そして、66歳の時には焼く6年ぶりとなるテレビ出演も果たしています。その出演作品は、あの脚本家・倉本聰の作品で、2017年に放送された「やすらぎの郷」でした。なかなか出たくても出ることができないと言われている倉本聰の作品では中井竜介という役を演じていました。

俳優を目指していた20代の頃は思うような作品に出会えず、また主役級の配役が巡ってくることが無かったために俳優業は一時休業としていた中村龍史ですが、様々な経験を積み、役者としてだけでない体験は、2017年の60代になってこそ味のある演技へと繋がっていったと言えるでしょう。

68歳で亡くなってしまいましたが、その出演していた『やすらぎの郷』の続編とも言えるドラマ『やすらぎの刻~道』が2019年4月8日から2020年3月まで放送予定となっています。この作品でも同じく中井竜介役として出演しており、これが中村龍史の最後の主演作となるのではないでしょうか。

所属事務所・吉本興業が公表した死去の訃報

中村龍史が死去する間際まで所属していたのが吉本興業ですが、これはマッスルミュージカルの仕事関連だったからでしょう。その訃報は2020年1月29日に公表されることとなりました。中村龍史は1月22日に東京都内の病院で68歳で死去したということです。

気になる中村龍史の死因は持病という噂も

1月22日に死去したとされる中村龍史ですが、その死因については所属事務所である吉本興業も、家族からも公表されていません。最後にまとめて行くのは、中村龍史の死因についてです。ウィキペディアには掲載されていませんでしたが、中村龍史の妻は劇作家でありプロデューサーである中村留美子です。2人の立ち上げていた「オフィスひらめ」には妻が減塩食を作っていたとあります。

多発性嚢胞腎だったと言われている中村龍史

調べてみると中村龍史は父親が多発性嚢胞腎(ADPK)という病気で、自身が29歳の時に亡くなっているようでそして、この多発性嚢胞腎という病気は遺伝性のものであるということで、中村龍史も検査をし既に25歳の時には多発性嚢胞腎だと診断されていたのです。1年に1回のペースで通院していたようですが、46歳の時には腹膜透析を開始し、59歳の時に血液透析を始めていたようです。

父親からの遺伝だったとはいえ、46歳からここまで22年も透析をしていたと書いている記事もあり、血液透析は1回4時間ほどかかる治療を週3回のペースで行うため、仕事と通院をして行くことはかなりの負担になっていたことでしょう。それを献身的に支えた妻の存在はとても大きなもので、若い頃に遺伝しているかどうかを調べた方がいい、と助言してくれたのも妻だったようです。

多発性嚢胞腎とは、2つある腎臓に多発性の嚢胞ができ、それが徐々に大きくなっていく家庭で腎機能が低下して行くという病気です。PKD遺伝子という尿細管の太さを調節する部分の以上で発症するのですが、大体が成人してから発症するようで、70歳前後までに約半数の人が透析しなければならなくなるようです。高血圧や肝嚢胞、脳動脈瘤などの全身に関わる合併症も起きてくる病です。

中村龍史の死因に関しては明かされていな現状ですが、もしかするとこうした遺伝性の病気・多発性嚢胞腎が原因で、何か合併症が起き亡くなったのかもしれません。後日行われるお別れ会で明かされるかどうかは分かりませんが、中村龍史の手掛けた作品が好きだった人やファンの方は、足を運んでみると新たな情報が手に入る可能性はあるでしょう。

数々の作品を手掛けた中村龍史の冥福を祈ろう

演出家で振付師としても沢山の作品に命を吹き込んだ、俳優でもある中村龍史の死去についてまとめてきました。これまで300作品以上に関わってきたという中村龍史ですが、その死因は明かされていませんでした。それでもネット上の情報を探ると、どうやら持病が影響していたのではないか、という話もあります。今後死因に関して情報が出るか分かりませんが注目しましょう。

既にお通夜と告別式は近親者のみで済ませたということですが、中村龍史のファンは数知れず、後日お別れ会が開かれるということです。今後マッスルミュージカルがどうなっていくのかも含めて、まだ公表はされていませんが、その冥福を祈りましょう。68歳で死去した中村龍史の今までの作品も動画などでチェックしてみてください。

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